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和菓子とうつわで楽しむ 源氏物語の世界が一冊に

千年にわたって読み継がれてきた源氏物語。現在も様々な解釈の本が出版されていますが、五十四帖の物語を読み解き、一帖ごとに物語のイメージを和菓子とうつわで表現した新たな視点による風雅なビジュアル本『御菓子司(おかしし) 聚洸(じゅこう)の源氏物語』が、光村推古書院から発売されました。

和菓子の調製は、京都の老舗和菓子店「塩芳軒」に生まれ、現在西陣に店を構える「聚洸」の高家裕典氏。そのお菓子をさらに美しく彩るうつわは、南禅寺参道で現代作家の作品を扱う「うつわやあ花音」の店主・梶裕子さんがコーディネートを手掛けました。

この本が生まれるきっかけとなったのは、京都で2014年から月に一回行われている「紫香の集い」と名付けられた源氏物語の勉強会でした。園田学園女子大学名誉教授の福嶋昭治氏を講師に招き、物語の巻を順に追いながら購読するその集いは、まずは呈茶から始まり、物語の内容に応じて「聚洸」の主菓子が供され、その趣向を凝らしたお菓子が毎回どのような器に盛られるかが出席者たちのもうひとつの楽しみだったのです。本書は京都「紫香の集い」の六年間にわたる活動の記録をまとめたものであり、和菓子とともに物語の内容もわかりやすく紹介されているのがポイント。

あとがきにかえて添えられた「聚洸」の高家氏と梶さんの対談も面白く、猫の尻尾に見立てた第三十四巻の苦心作をはじめ、第五十二巻の吉野羹に使われた洋菓子のような飴細工など、各巻のお題と時期に合わせてイメージを形にしていく難しさや、ふだん和菓子では使わない材料に挑戦する楽しさなどが語られ、うつわ選びに於いては、“困った時の魯山人”といった裏話なども。

うつわに関しては、現代の作家物から骨董の名品、バカラやマイセン、ルーシー・リーといった洋物まで幅広く使用されており、うつわ好き、和菓子好きにも興味深い内容になっています。この本を機にあらためて源氏物語を読み返すのもおすすめ。

※本書に紹介されている和菓子は非売品です。


●源氏物語 第一章 かがやき

第八巻「花宴(はなのえん)」 朧月夜(おぼろづきよ)の君との出逢い



源氏二十歳。花宴は宮中紫宸殿(ししんでん)の左近の桜が満開の時の宴の折のお話。朧月夜は弘徽殿(こきでん)の女御の妹で、源氏の兄である皇太子の婚約者。源氏はその人と恋に陥ってしまう。この恋がやがて源氏を追い込むことになる。

【菓子】花/きんとん  ※あん、つくね芋、砂糖
春爛漫。お菓子は桜色のおだまきのきんとんを。
【うつわ】柿右衛門写色絵菓子鉢/マイセン製
うつわにも花を。花の声が聞こえるようなマイセンの鉢。


第十一巻「花散里(はなちるさと)」 橘の花散る里



花散里は控えめな女性。源氏が頻繁に通った人ではないが、身分も高く、この先もずっと大切にされ、のちに六条院の夏の町に住まう事になる。花散里は橘の花の散る家に住む人ということ。

【菓子】たちばな/葛  ※葛粉、水飴、砂糖
お菓子は橘の花を葛で作る。橘は五月に咲き出す、白く香りの高い花。
【うつわ】淼(びょう)/渡部味和子 作
ぼんやりと去来する出家への思い。淼という名の赤絵細描のうつわに。


第十六巻「関屋」 空蝉その後



須磨明石から無事に帰るという御願果しで石山詣でをする源氏と、夫の任期明けで帰京する空蝉が、逢坂の関ですれ違う場面。どちらも牛車に乗っていた。
空蝉はあの頃のことを思いしみじみと歌を詠む。

【菓子】車の音/羽二重(はぶたえ)〈雪平(せっぺい)〉※羽二重粉、メレンゲ、砂糖
この巻はお正月に読んだことから、お菓子は花びら餅を牛車の車輪に見立てる。
【うつわ】織部薬鶴菱平皿(おりべぐすりつるひしひらざら)/十一代 樂慶入(らくけいにゅう) 作
すれ違う源氏と空蝉を二重の鶴に。


第二十五巻「蛍」 蛍の光に浮かぶあで姿



玉鬘に想いを寄せる源氏の弟、蛍兵部卿宮(ほたるひょうぶきょうのみや)は、源氏が隠れているとも知らず、玉鬘の部屋を訪れる。頃合いを見計らって、源氏は隠していた蛍を部屋に放つ。蛍の光に浮かぶ玉鬘のあで姿に、蛍兵部卿宮はますます恋を募らせる。本当の父なら娘を見せもののようにはしないものを。

【菓子】蛍/こなし  ※あん、小麦粉
お菓子は蛍に見立てながらも中には大粒の栗の渋皮煮が。
【うつわ】粉引木の葉/北大路魯山人 作
この葉皿に盛ると、葉かげにとまる蛍のよう。


●源氏物語 第二章 ゆずりは

第三十四巻「若菜上(わかな じょう) その三」明石の入道の手紙



明石の女御が男皇子を産んだ。喜んだ明石の入道は現世には何の未練もないと娘明石の君に手紙を出す。そこには、かつて明石の君が生まれる前に見た夢の話が書かれている。須弥山の左右から太陽と月が出て世界を照らす夢は、我が家から天皇と皇后が出るというお告げ。今、明石の君の娘である明石の女御が入内し皇后となり、その男皇子はいずれ天皇となる。まさに夢がかなおうとしている。

【菓子】月と太陽/初雁  ※葛、本わらび粉、百合根、黒糖、砂糖
お菓子は初雁。中の百合根は太陽と月のイメージで紅白に。
【うつわ】染付祥瑞手吉字向付(そめつけしょんずいできちじむこうづけ)/村田森 作
宝尽くしに吉の字。おめでたいうつわに。


第三十四巻「若菜上 その四」 六条院の蹴鞠



春爛漫の頃、六条院で夕霧と柏木が蹴鞠に参加。女房達は簾ぎりぎりまで近付き蹴鞠を見ている。大きな猫に脅され、小さな猫が飛び出して簾をまくった。思わず振り返った視線の先に女三宮が立っているのを、夕霧と柏木が見てしまう。夕霧は立っているなんてはしたない人と思うが、柏木は恋心を募らせ、のぼせあがる。

【菓子】ねこ/黄身しぐれ  ※あん、卵黄、上用粉〈薯蕷粉〉、砂糖
ねこは平安時代に中国から入ってきた。猫の尻尾をお菓子に。
【うつわ】鼠志野中鉢(ねずみしのちゅうばち)/北大路魯山人 作
お菓子が猫なので、うつわは鼠志野。


●源氏物語 第三章 宇治十帖

第四十二巻「匂宮(におうのみや)」 匂宮と薫中将



源氏亡き後、次の世代を継ぐ光り輝く方はなかなかおられない。源氏四十八歳の時に生まれた不義の息子・薫。源氏四十七歳の時、明石の中宮に生まれた孫・匂宮。源氏を超えるほどではないが、それぞれに美しい。匂宮は自由に青春を謳歌している。薫は出生に疑念があり影がある。「匂ふ兵部卿、薫る中将」と呼ばれ、源氏の持っていた光と影を二人が分かち持つ。

【菓子】賭弓(のりゆみ)/黒糖あんと芋ねりきり  ※あん、卵黄、上用粉〈薯蕷粉〉、砂糖
正月十八日、夕霧は六条院で賭弓の宴を催し、匂宮、薫の二人も参加することから賭弓の矢羽根をお菓子に。
【うつわ】備前マル平鉢/北大路魯山人 作
備前の丸皿は的にも見えて。


第五十二巻 「蜻蛉(かげろう)」 行方不明の浮舟



薫と匂宮とのどちらもへの愛情から宇治川への入水を企てた浮舟。
行方不明となった浮舟を探すが見つからない。浮舟の母や女房たちは匂宮との恋が世間に知られてはと思い、 急ぎひっそりと葬儀を行った。薫も匂宮も浮舟の死を受け入れられない 。

【菓子】 蜻蛉/吉野羹(よしのかん)  ※寒天、葛、水あめ、砂糖
巻末のとある夕暮れ、命短い蜻蛉の飛び交うさまを眺めて、宇治の三姉妹を思う薫。
薫の見た蜻蛉を吉野羹で。飴でその羽をあらわす。
【うつわ】 楕円銘々皿鱗紋(だえんめいめいざらうろこもん)/中村真紀 作
ガラスのうつわにはかなさを。

※以上の文章は『御菓子司 聚洸の源氏物語』本文より抜粋しました。


『御菓子司 聚洸の源氏物語』

光村推古書院
本体価格2,800円+税
梶裕子(著)・福嶋昭治(監修)
体裁/B5変 128頁
ISBN978-4-8381-0605-9 (2020.5)