和食STYLE

食の国日本〝食〟プロデューサー 松田龍太郎ブログ

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第99回

茅ヶ崎で見た「付加価値の積み重ね」で生まれる、食の接点作り。

『フードニアジャパン食の国 日本』のブログがスタートしたのが2016年9月。あれから4年経ち、このブログで99本目となります。実は、次回100回でブログを終了することになりました。日本に限らず、世界まで足を運びつつ、この和食スタイルのウェブサイトの構築から、和食のイロハ、そしてこのブログと、長きにわたり私が関わった「食の接点」にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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9月。台風10号が九州から韓国一帯を襲い、それとともにフェーン現象、熱帯夜、まだまだこの残暑が続くのかと思いきや、すっと秋風が舞い、過ごしやすい日々が、少しずつ始まろうとしている。

一方で、食の業界は相変わらずだ。

東京など春先にオープンする予定だった商業施設が8月から9月の間に、再びオープンを始めている。依然としてコロナ禍は落ち着きを見せず、僕らの生活を蝕み、ワクチンもできていないまま、10月から「Go To イート」の始まり、そして「Go To キャンペーン東京追加」のニュースが出始めている。このニュースに戦々恐々といくのか、万全の体制を整え、「やったもの勝ち!」で進めていくのか、まさに「神のみぞ知る」境地。

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そんな中、少し先の話ですが、来春2021年にオープンする、神奈川にある、とある大学の新キャンパスプロジェクトにおいて「学食」を作り上げる企画に参画することになりました。もちろんこのコロナ禍で、本来であればすでにオープンしているはずのキャンパスでしたが、春先の工事のストップ、留学生の大挙帰国などで、1年遅れざるを得なくなったのです。なかなか難しい案件だなと、少し途方にくれていたのですが、実はお手伝いする学食の企画が「世界37か国のビールが飲める学食」という、おおよそ、通常の大学では考えられないもので、さらにその地域の青果の生産者の食材もリサーチ&提供する、という、通常であれば、なかなかできない学食のプロデュースをすることになりました。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕の会社は一時期、八百屋を経営しておりました。八百屋瑞花(すいか)です。神楽坂がスタートで、2018年春に横浜に2号店をオープンさせました。そして2018年秋に「八百屋瑞花株式会社」として事業展開し、現在も営業を続けております。ただ、オープンした当初、神奈川の生産者との付き合いが少なく、また提供できる期間も少ないため、どちらかというとピンポイントで提供することが多く、天候に左右されると、手に入りづらく、「それではまた来年!」、、、ということもありました。そこで改めて神奈川県をいくつかのエリアに分けリサーチ、さらに実際に生産者を訪ね、現地に少しずつ足をはこび、来春にむけて「生産」「物流」の仕組みを拵(こしら)えている活動を開始しました。

そして世界37カ国のビールについても、世界は輸入がほとんどなので、飲料メーカーさんとのやりとりが発生しておりますが、一方で「神奈川産のクラフトビール」も集めなければなりません。それも「19件」です。その19件、本当に個性豊かで、どれ一つも同じビールがなく、お酒が大好きな僕としては、こんな素晴らしい仕事はないな、と思いながら、実は神奈川県内をうろちょろさせていただいております。

そんな中、先日訪れた、茅ヶ崎市香川にある「熊沢酒造株式会社」に足を運んだ際に、その設えと、お客様の多くに驚かされました。まず蔵元目の前の駐車場は50台以上。「社員が多いのかな?」と思ったのですが「社員(用の駐車場)は近くの別の場所にあります(笑)」と後ほどわかり、この住宅街の一角に、これだけ多くのお客様が足を運んでいることを、まずは意外に思いました。

そして細く、木々が生い茂った、蔵元ではないような「文化度が高い」雰囲気を匂わせる入り口を越えると「パン屋」と「雑貨屋」、「イタリアン料理屋」と「和食屋」が出現する。すでに、商業施設に足を踏み入れたような感覚。

そしてその店舗に面して、広めの広場と椅子テーブルが配置されており、イタリアン料理屋は、このコロナ禍の中で、万全の体制を取りながら、営業をしており、お店は「満席」という様相だ。

この「意外さ」とは、ここ熊沢酒造に足を運ばないと感じられない。なぜなら茅ヶ崎市香川は茅ヶ崎駅から車で10分ほど、JR香川駅もあるが、単線路線で、必ずしも交通の便が良いとは限らない。それにも限らず、駅から徒歩で向かう人、そして駐車場があるように、多くのお客様がわざわざ、お酒の蔵元に、車で出かけ、食事をとる場で楽しもうとしている様子が、良い意味で「意外」だと感じたのだ。

それでいて、建物の設え、雑貨のセレクト、店舗内においてある什器やちょっとした雑貨物が、ひとつひとつ丁寧に選ばれ、配置されていた。最近、流行りの、多くのクラフトコーヒーのお店は、非常にシンプルで、デザイン性が高く、色も少ない上モノトーン、店舗ロゴ(というよりタイポが、、)が目立つ、特異なしつらえが多い。けれど熊沢酒造の見せ方は、非常に重厚で「手厚さ」を感じた。建物の雰囲気や、歴史から紐づく「古さ」がそうさせていると思う一方で、この手厚さが良い意味でサービススタッフの動きや対応に現れていて、いやらしくなく、とても心地の良い。なによりテキパキしている。(“テキパキ”は、僕が大好きな言葉でもある)

ちょうど、クラフトビールの打ち合わせで、熊沢社長とお会いすることができた際に、少し盛り上がったのは、「女性スタッフの多さ」だ。私自身、会社を立ち上げた時、女性の社会進出、クリエイティブの展開を訴えていたが、その女性スタッフが、心地よく、働き場として「居心地の良い空間」を提供することの大変さを身にしてみて感じているからこそ、熊沢酒造の事業展開については、目を見張るものがあった。実は、昨年、熊沢酒造の敷地の裏山に、保育園を立ち上げたと聞いた。とても裕福だと感じている。

もちろん事業だからこそ、酒造、蔵元としての経営は大変だ。現在の熊沢社長も6代目、先代から引き継いだ蔵元は当時、廃業も考えられたくらい。

そうした中、熊沢社長は、これまで価値とみていなかった接点、例えば、日本酒の仕込みができない期間にクラフトビールを作り上げ、そのクラフトビールを飲んでいただくためにレストランを作り、そして、自らが選んだ雑貨を販売し、そして蔵元として日本酒を飲んでいただくために和食屋を作り、そこで働いているスタッフたちのために、保育園を作り上げ、次世代につなぐ、酒蔵の新たな戦いを展開している。そのさまは、まさに「積み重ね」であり、そこで生まれた「食の接点作り」は「付加価値作り」である。その付加価値が、手厚さに繋がり、お客さんをよろこばせている。

「今度は、夜に日本酒を飲みに来たいね」「あーここ知らなかったまた来たいね」と話す、お客様の声が聞こえた。ここは茅ヶ崎市香川である。銀座のど真ん中でも、北海道の、自然囲まれた由緒正しいホテルでもない。

わざわざ茅ヶ崎に訪ねていく「食の接点」は、他にはない。コロナ禍だからこそ、こうしてお客様と、気持ちを密にもちながら関係性を作り上げる、接点の担い手を引き続き応援していきたいと考えている。

●熊沢酒造株式会社

https://www.kumazawa.jp/

神奈川県茅ヶ崎市香川7-10-7

 

●ちがさき・もあな保育園

http://chigasakimoana.com/

松田龍太郎

松田龍太郎

2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を設立。主に食にまつわる事業開発・店舗開発では、これまで50店舗以上を手掛け、一方企画・プロデュースの分野では、元テレビ局カメラマンとして、食に限らずメディア、PRコンテンツの発信、企画展開を得意としている。2020年4月より「奈良蔦屋書店」2階に「ブラッスリーアンド カフェ ウグイス」として新たなポップアップレストランを、そして同じく同月、青森県弘前市に開館予定「弘前れんが倉庫美術館」に付帯するカフェ「CAFE & RESTAURANT BRICK」を、それぞれ立ち上げ、運営・事業を作り上げている。
http://www.oiseau.co.jp