和食STYLE

食の国日本〝食〟プロデューサー 松田龍太郎ブログ

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第98回

那須横澤地区で、新たな文化の苗床に、食の息吹が芽生える。

8月の残暑は続く。ざっと降る雨も、スコールのように、強く、激しく、大量に雨をもたらすと、その後、嘲笑うように、じめっとした灼熱の太陽を覗かせる。引き続き連日猛暑日は続いている。

そんな中、7月終わりに、那須高原奥、横澤地区に、とあるレストランのプレオープンが始まった。その名も「レストランμ(みゅー)」。古代ギリシャ語で、12番目の文字としてμは存在し、国際単位系では「マイクロ」を意味している。“食を手がかりにして、はるかな太古へ遡り、来るべき未来を予見したい”という願いを込められて命名されたお店だ。

実は、このレストランが設置された場所は、「アートビオトープ」と呼ばれる宿泊リゾートの中にある。アートビオトープは、自然と融合するリゾートという「二期倶楽部」(1986年~2017年)の思想を受け継ぎ、二期倶楽部創業者である北山ひとみのプロデュースにより計画されたものだ。そして「アートビオトープレジデンス(旧「アートビオトープ那須」)」は、二期倶楽部の創業 20周年を記念した文化事業として、 2007年にオープンし、アートをテーマに人々が集い、交感し合いコロニーを形成していく苗床(ビオトープ)となることを願ってつけられたものだ。 2018年より、アートビオトープ敷地内にランドアート「水庭」(建築:石上純也氏)が完成。そしてこの夏、レストランμ(ミュー)が加わり、施設が新たにオープンしたのがきっかけだ。(実際のところ、レストランμはようやく、外来ゲストへのオープンが始まり、10月2日にグランドオープン予定で準備を進めている)

うだるような暑さを、森が和らげ、小丘を上がると、そのμは現れる。エントランスには、陶芸家の近藤高弘氏による陶のオブジェを設置。これは、イサム・ノグチが晩年に愛用したことで知られる、伊達冠石が風化することによって生まれた大蔵寂土を素材とした世界初の陶芸作品だ。玄関を過ぎると、木造平家で、しっとりとした空気を装い、少し高めの天井が、木漏れ日がスッと差し込む大きなダイニングを展開。僕が訪れた日は、少しだけ家族連れが、訪れていたが、基本的にソーシャルディスタンスで席数を減らし、運営をされていた。

レストランμ(ミュー)は、「シードからテーブルまで」をテーマに、栃木エリアの素材を中心にメニューは展開。今回は、ランチということで、おおよそ7皿をいただきました。

「玉蜀黍(とうもろこし)」「枝豆」の、瑞々しい夏野菜に、刺激的な胡椒、フェンネルが舌の感覚を研ぎ澄ませた後に、シャキッとしたトマトの酸味と地場で仕入れたチーズ(茶臼岳)が、軽やかに味覚をチェンジさせる。

その後「鮎と茄子」で香ばしさと水を感じる豊さと、「とちぎゆめポーク」では火入れが抜群で、鮮やかなピンク色を帯びた地場産豚が、程よい油をまとい、さっぱりとした味わい。そこに添えられた、地場産野菜を煮詰めたもの、オクラ、株、芽キャベツ、ラディッシュが非常に印象的だった。

手元のメニューにはこう書かれている。

 

 レストランμは、

 自然に抱かれた土地(テロワール)に

 蒔かれた一粒の種です。

 

 いのちを養い、

 生きることを励まし、

 五感をゆさぶり、

 おおらかな卓上の祝祭であるような一皿一皿。

 

 旅の途中での、

 思いがけない収穫でありますよう。

 

 この種が、思い出となって

 多くの実を結んでくれますよう。

 

今回、メニューの全体設計のシェフは、権威あるレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」 2020年度版で「期待の若手シェフ」を受賞、RED U-35でも活躍した気鋭の若手、本岡将さんをはじめ、若手シェフチームで構成。またホールスタッフは、タイユヴァン・ロブション(現在のジョエル・ロブション)にてメートル・ドテルを務めた松木一浩さんが加わり、以前二期倶楽部「ガーデンレストラン」にて長年サービスを務めた室井雅之さん、ほかスタッフが対応。料理は20-30代の若手、ホールは60代のベテランスタッフが丁寧に対応する様は、非常に趣深く、なにより対応が「落ち着いている」。

当初、食の提供に、ときおり料理スタッフがサーブする状況を見て「料理スタッフもコミュニケーションを取りたがっているな」という印象を得ていたが、全員が配膳教育を受けているわけではなく、人によってばらつきがでる恐れがあるので、そのあたりはプレオープンらしく整っていない状況下と考えていたが、サービスの重鎮であるベテランが、ホールを仕切っていることでバランスがとられ、お客様の安心感に結びついている様は、程よく感じた。

僕が気になった点は、レストランμが掲げている「来るべき食」とは?だ。

彼らは「恵まれたテロワール(土地)ならではの、野生の滋味あふれる食材の力を、ぞんぶんに活かしたいと願いました。料理とは、なによりも命を養うものだという原点に、立ち返ろうと心がけました。大いなる自然の贈与を、ちまちまとした修辞をほどこさずに、卓上にとどけたいと思ったのです。」とうたっている。シェフ本岡氏も若く、才能もあり、提供に対するパワーがある。失ってはいけない人材であろう。またこの土地、この場所でしかない料理を続けていくべきだし、わざわざ那須横澤まで足を運び、食する接点を作り上げるとしたら、このスタンスを取り続けるべきだと感じている。秋冬、そして来年の春夏。毎年、その時期、もっというと、2020年、2021年でしか出会えないメニューを作り続けてほしい。僕らが那須で出会えるような食の旅を、アートビオトープで味わいたい。

アートビオトープ
開業日 2020 年10月2日(現在、一部施設をプレオープン中)
所在地 栃木県那須郡那須町高久乙道上2294-3
電話 0287-78-7833
URL  https://www.artbiotop.jp/

松田龍太郎

松田龍太郎

2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を設立。主に食にまつわる事業開発・店舗開発では、これまで50店舗以上を手掛け、一方企画・プロデュースの分野では、元テレビ局カメラマンとして、食に限らずメディア、PRコンテンツの発信、企画展開を得意としている。2020年4月より「奈良蔦屋書店」2階に「ブラッスリーアンド カフェ ウグイス」として新たなポップアップレストランを、そして同じく同月、青森県弘前市に開館予定「弘前れんが倉庫美術館」に付帯するカフェ「CAFE & RESTAURANT BRICK」を、それぞれ立ち上げ、運営・事業を作り上げている。
http://www.oiseau.co.jp