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食の国日本〝食〟プロデューサー 松田龍太郎ブログ

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第53回

100年後の、食卓のセッティング。

ご存知の方もいると思うが、現在、地域活性化のプロジェクトとして「農泊(のうはく)」が盛んである。この農泊は、簡単にいうと、農業を営んでいる事業者のご自宅(あるいは宿泊場所)に泊まり、短期で、その事業者の農作業を体験する旅のことである。主に、お米や野菜の収穫、また牛の世話や魚の漁をするための準備作業などの日々のこと、さらにせっかく宿泊いただいたお客様にとって、有意義な時間を過ごしてもらいたいと、事業者たちはわざわざ普段ではできないような体験や作業を経験できるようになっている。最近では、国の施策として、村や町、果ては市や県も「農泊体験プログラム」を実施するようになり、その体験の裏には「移住・定住」「事業継承」「外国人対応のインバウンド」といった目的も生まれているようだ。実際に、農泊体験プログラムに参加した人たちは、「まずはそうした農業を見てみたい、知ってみたい、体験してみたい」から始まり、そこで収穫したものを一緒に食べ、その地域の食文化や歴史に触れる、今までの観光旅行とは違うタイプの旅行を経験することに、主を持っている印象だ。

特に、農泊については「食」の接点をどこに作るかということが大切で、私たちもいくつかの地域の「農泊体験プログラム」における事業作り、そのプログラムに参加していただけるように、その事業を知ってもらうツール作りや、メディアへの発信を実施している。

その農泊体験プログラムについて、私たちがお手伝いをしている「大人の酪農 体験プログラム(仮)」を事前体験すべく、北海道・十勝平野は、帯広に向かった。

そのプログラム構築者はDさん。Dさんは現在都内でお米屋を営んでいるが、実は帯広畜産大学を卒業した、根っからの畜産系の人物。今回は、酪農家に宿泊体験していただき、「牛の世話を通じて、命の大切さを感じて欲しい」ということから、この農泊体験プログラムを企画したのだ。なかなか壮大なテーマで、当初僕もどんな風なら、わざわざ帯広まで人を集め、酪農体験をさせるられるかを悩んでいた。

そのDさんの紹介の元、今回、お邪魔させていただいた酪農家は、「i(あい)ふぁーむ」さんだ。この牧場を営んでいるのは岩谷史人さん。岩谷さんは、もともと出身は関西の方で、帯広に住み着いたのはかれこれ30年前。きっかけは、滋賀県のJAが経営している帯広の牧場に興味を抱き、大学卒業後、その牧場で働きたいと入社。そこから「北海道」「帯広」「牛」を通じて、自らが営む牧場へと昇華、現在、通常業務の傍ら、ご自身独自で農泊体験プログラムを実施、中高生の子どもたちに酪農作業を体験させるなどの研修旅行を受け入れるなど、積極的に酪農のいまを伝えようとしている。

僕も、到着したその場でまずは「つなぎ」に着替え、手を洗い、岩谷さんご挨拶、10分ほどの牛についての説明を受けた後、「では早速一緒に作業に入ってもらいます」といって、連れられていったのは、牛舎(ここまで20分くらいか)。あっという間に、酪農のど真ん中に。その牛舎では、すでに機械化された乳搾り器具が6台運転されていて、60頭ばかりいる乳牛の乳搾りが、1頭あたり平均20リットルほどの、その牛から本日搾ることができる量を目安に、1日に2回行われている現場であり、実は僕自身、手を使った乳搾りはあるけれども(人生で1〜2回、1分もかからない程度の経験…)、こうした「実践現場」に入ること自体初めてだった。初めての作業だったが、60頭いる牛たちの性格、現在の状況、対応の仕方などを非常に丁寧に、そして細かく岩谷さんに指導を受けたのが、大変貴重な経験だったと思う。最初は牛の身体がでかすぎで、少しビビっていたが、だんだん可愛く見えてくるのはなぜだろうか(苦笑)

この搾らせていただいた岩谷さんの牛乳(正確にはまだ商品化されていないので「生乳」と言える)は、地域で農協に一箇所に回収され、それが一つの牛乳として製品化され、最終的に僕たちの食卓の上に商品として、販売・流通されていくものになる。しかし、この過程は一般的に考えて、衛生的観点からも、僕らのような素人が「農泊体験」という体験を通じて参加できるものでは、通常ありえないと思う。そのために僕らの衛生面やそれに対するフォローは厳しく教えてくださり、その一つ一つの作業の意味と意図がわかりやすく伝わってくる。また牛60頭を全頭乳搾りしきるのに早くて1時間半、それを1日2回、朝の5時と午後4時を毎日実施。それ以外は餌をやり、掃除をし、運営している30年という時間の流れが、非常に貴重だということが、じわっと作業を通じて感じられる。

また、「ごはん」の時間と言える、朝・昼・夜の3度の飯は、「ホルスタインと和牛の食べ比べ」「牛乳(無調整、低脂肪などの加工違いによる)の飲み比べ」「牛乳を使った食材作り(バター、アイスなどなど)」も散りばめられていて、これまた非常に中身が濃いプログラムになっている。僕も部位の食べ比べは仕事上あったが、特に牛乳の飲み比べ(脂肪の度合いなど)は、意図して飲み比べると、かなり貴重だ。

しかし、この作業含め、どれも一つ一つが、その酪農家の「1日」であり、その場所・環境においては、いたって「普段の生活」と言って良いと思う。そしてこの普段の生活が、日本の自給率を上げ、スーパーの棚に牛乳がなくならないように納品し、喉が渇いた子どもたちに、冷たいミルクアイスを提供している様であり、礎を担っていることを垣間見ることができ、単なる「農泊体験」ではなく、僕が岩谷さんご夫妻から、示唆に富んだ体験やそれに通じる話を聞くことで、感じることが多々あった。ここでは書ききれないので、ぜひツアーを体験してもらいたいと思うが、僕自身、非常に思うことがあった宿泊だった。

作るものは変われど、接する問題は変わらない。

もちろん酪農家だからというわけではない。お米農家も、酒蔵も、漁師も、こうした「日々の生活」の延長線上に、都市部に住む僕らの食卓を支え、「食べていくこと」に接点を作り上げるための努力と「セッティング」をしているのだ。このセッティングが成り立たないと、スーパーも八百屋も、酒屋も都市部では成り立たない。

いま、地域では「作り手」を失い始めている。岩谷さんらの活動は、あと何年続いていくのか、それこそ、お金に変えられない「資産」であり「宝」だ。そのための「農泊」という一つのプログラムが走り、その「問題」に都市部の人たちに「気づきを与えるきっかけ」を作ろうとしている。すぐに移住定住ができるわけでもないし、外国人の全てが、「素晴らしい」と気づきつつも、その次の日からリピーターになってもらうことは困難だ。では何からその宿泊に参加するひとが変わるきっかけになるだろうか。それは商品の買い方、料理の作り方、保存の仕方、そして食の捨て方だ。物量の供給は、需要がなければ始まらない。都市部の需要は、地域に人がいなくなればなるほど反比例的に増えていき、美味しい食事を提供する料理人も増えていくだろうが、それは問題解決になっていない。生産者は増えないということを考えれば、減少していくなかでの「需要の作り方」が重要になってくるのではないだろうか。2018年は特に自然災害が多かった日本。北海道も地震があり、停電があったが、1、2日停電するだけで自給率が1%下がる結果も判明している。40%以下の自給率の、この日本がどんな「食の国」にならざるを得ないのか、非常に大事な課題だと思う。

「食卓のセッティング」。

僕らはこれから100年、どんな食卓にしていきたいのだろうか。

どんな食事をしていくべきか。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
http://www.oiseau.co.jp