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日本の旬を知りたい! [二十四節気の魚 3月]

三月の二十四節気は、冬ごもりしていた虫たちが外に出てくるとされる3月5日の「啓蟄」、
そして、昼の長さと夜の長さが同じ日とされる「春分」です。
今年は暖冬傾向で春のような日差しのさした日もありましたが、暦の上でもいよいよ春本番を迎える候となりました。
この三月にご紹介するのは春の祝い事にも出てくる旬の貝と、春の食卓を飾る小さなイカとなります。

啓蟄●3月5日●ぷっくり まろやか 伝説の貝

ほら、身がぷっくりふくらんで、ちょうど食べごろ。ひな祭りの食卓を飾るこの貝は、古来、食いしん坊日本人の大好物。縄文時代の貝塚からもっとも多く発見されているそうです。
二枚の貝殻がぴったり合うので、夫婦和合のおめでたさに結び付けられ、結婚式の祝膳には吸い物も出されるようになりました。
冬籠(ごも)りの虫が土中から這い出てくるこの頃、旬真っ盛りの貝を選びなさい。


①アサリ   ②シジミ   ③ハマグリ   ④ホタテガイ

【解説】

春になると、多くの貝の身がふっくらと厚みをおびて、おいしくなる。春の大潮には潮干狩りが行われ、蛤のシーズンはピークを迎える。
「古事記」にも登場するハマグリ。「日本書紀」にははまぐりの膾(なます)の料理法が書かれており、文献上では日本最古の食材のひとつだ。その名の由来は、形が栗の実に似ているため「浜栗」、砂浜の小石(「ぐり」と呼ぶ)ほどにたくさんとれたからとする説がある。
婚礼にハマグリを、と提唱したのは、八代将軍徳川吉宗だったとか。かの享保の改革者である。経済政策として、江戸湾に豊富にとれたハマグリを婚礼に、とスローガンをかかげ、販売促進をうながしたのは、なるほどありうること。



旬の時季はだしもよく出るので潮汁がおすすめ。殻をよく洗い、昆布を入れた水から煮て、沸騰直前に昆布を引き上げ、殻が開いたら、アクをすくい、軽く火を通す。

もう一つの見方もある。実は吉宗は結婚5年目に正室と死別、以後、歴代将軍としては珍しく再婚はしていない。正室は生涯ただひとり。男の純情をつらぬいた。暴れん坊将軍の純情あればこそ、今に至るまでこの慣わしが語り継がれた、と。
江戸時代には、殻の内側に絵や和歌を描いた、貝覆い(貝合わせ)という遊びも上流階級ではやり、その貝殻は嫁入り道具のひとつになっていた。
いっぽう庶民にとってのおなじみは焼きはまぐり。しゃれ言葉“その手は桑名の焼きはまぐり”でもおなじみ、三重県・桑名の名物焼きはまぐりは美味で知られた。「東海道中膝栗毛」では弥次さんが茶店で熱い焼きはまぐりをひっくり返し、おへそあたりに落として大騒ぎする。



かつて江戸でも、品川は潮干狩りの名所であり、ざくざく採れた。しかしながら、いまでは東京湾のハマグリなんて幻の存在。ハマグリは水質汚染にすこぶる弱く、水温が高くなったり環境が悪くなると、死滅したり、引き潮に引かれて砂浜から遠くへ移動してしまう。
1965年(昭和40年)には3千㌧もとれた桑名産も95年にはわずか1㌧以下、全滅の危機に見舞われた。2012年には絶滅危惧種に指定され、環境省のレッドリストに。その後、桑名では水質浄化や稚魚を放流するなど努力を続け、近年では年間200㌧前後まで回復している。それでも市場に出ているものは9割以上が、中国や韓国からの輸入品だ。



ところで、数ある貝類のなかでもハマグリは伝説に包まれていることでも別格の存在だ。
“一夜に三里走る”
夏場に水温が上がり、ハマグリにとって環境が悪くなると、粘液を出しながら、海流に漂わせてその浮力で移動する。そのスピードたるや最大分速1㍍に達するといわれ、ここから「蛤は一夜に三里走る」という伝説が生まれた。
“蛤蜃気楼(しんきろう)を吐く”
夏にハマグリが出す粘液を見たためか、これにより海上に楼閣が現れると中国では信じられていた。これが蜃気楼であり、「蜃」はハマグリのことを指す。
最近とんと耳にすることが少なくなったが、一定の年齢以上の方には「ぐれる」という言葉になじみがあるはず。いま風にいうと「やんちゃをする」に近いニュアンスか。つまり、青少年の生活態度が乱れ、反社会的・反抗的な行動をするようになること。
「愚連隊」―懐かしい!―という言葉も、この「ぐれる」から生まれた。実は「ぐれる」はハマグリに由来する。ハマグリの文字をひっくり返すと「グリハマ」。これは物事が食い違うこと、逆、あて外れのことで「グレハマ」ともいう。要は二枚貝のハマグリの殻は同一個体のもの以外とは決して合わないことから、食い違い、あて外れという意味が生まれた。



川崎大師参道沿いにある江戸時代から340年以上続く老舗日本料理店の名物は味噌仕立てにした“蛤鍋(はまなべ) ”。 江戸時代には、大師の浜でとれた蛤を出す料理店が参道に軒を並べていた。日本橋を日の出とともに発ち、六郷を渡し船で渡り大師詣でを済ませた後、 蛤鍋で一杯やって日が暮れるころ急いで家路につくという日帰り旅が、当時流行っていたという。


市場に出回るのは、三重県桑名産のように内海で採れる「ハマグリ」、千葉・九十九里や茨城・鹿島灘のような外洋でとれる「チョウセン(汀線)ハマグリ」、中国などから輸入した「シナハマグリ」の3種。
めっきり減った国産のハマグリは市場では「地ハマ」と呼ばれ、寿司屋や料理屋さん御用達といったところだ。多くは中国産。国産に比べて味は劣るといわれるが、よくしたもので旬である今は、味もかなりいい。
春霞に包まれて、はまぐりのごちそうに舌鼓を打つ、このぜいたく。これも夢か幻か――。



店自慢の煮つめを添えていただく「煮ハマ」。江戸前寿司の“仕事”でもっとも手間ひまかかるタネだ。居住まいを正して味わいたい。
 

日本さかな検定協会 代表理事 尾山 雅一

【解答】③ハマグリ   

 

春分●3月20日●小さな春の風物詩

春は小さきものが蠢(うごめ)く季節。魚界でもイイダコ、ノレソレ(アナゴの稚魚)、シラウオ、イサザ(シロウオ)・・・。そしてホタルイカ。1月にボイルした小指の先ほどのちっこい新ものが登場、それがしだいに大きくなり、今の時季からゴールデンウィークにかけては群れなすように店頭を賑わせます。3月から漁が始まり、ホタルイカの「身投げ」が見られる産地を選びなさい。


①富山湾   ②若狭湾   ③相模湾   ④駿河湾

【解説】

3月下旬からGWにかけてあれほど店頭や居酒屋などの食卓を賑わすホタルイカ。春が終わりを告げると、潮が引くように姿を消す。こんな動きをみせる魚介類は少なく、小さきものたちの春、といえば真っ先にホタルイカが思い浮かぶ。



膨れあがったホタルイカの肝

産卵のために日本海側に押し寄せるホタルイカは、兵庫県や京都府からの入荷も多いが、3月以降、富山県産の入荷が本格化してからがハイシーズン。肝はもはやパンパンに膨れ、複雑にして濃厚な味。ホタルイカの味の決め手は、肝にどれだけ脂がのっているか、であり、富山湾産はほかの追随を許さず、といったところ。
その秘密は富山湾の地形にある。岸近くでも水深200~300㍍のすり鉢状となっており、深海性のホタルイカは、湾の奥までやってくる。それだけ成熟しており、だから、うまい。
なかでも富山県滑川(なめりかわ)市は、天正13年(1585)年のホタルイカ漁の記録を残し、ミュージアムまである有数の産地。



漆黒の海、沖合にしかけた定置網を漁師がひいていくとチカチカッと青く鋭い光を放つ、ホタルイカの水揚げ。


ボイル(釜ゆで)されたホタルイカ

富山湾に面した滑川は、ホタルイカ一色の町だ。駅を出て歩く石畳には踊るホタルイカの絵が。マンホールには漁風景。3月1日に漁が始まり中旬になると、いよいよ出荷の最盛期となる。
漁港近くの加工場にはホワホワと湯気がたちこめ、50㌔単位でホタルイカが釜ゆでされていく。この時期には生の出荷も忙しい。積み重なったホタルイカの山から、トレーに並べていく作業だ。ベテランとおぼしき女性たちにより淡々と作業が続く。



刺身でいただくホタルイカ。真ん中に山盛りになっているのは地元で「竜宮そうめん」と呼ばれる足の刺身。新鮮なうちには生で食べられる。

ホタルイカの料理といえば、まずは酢味噌和え。滑川のスーパーでは酢味噌と並べて売っているほど定番中の定番だ。
江戸の昔、加賀藩前田候が滑川にお越しの際の献立にもある伝統の味だ。



そのほか、小鍋仕立てのしゃぶしゃぶ。昆布を浮かべたおつゆに生のホタルイカを泳がせ、ゆであがったはしからポン酢醤油でいただく。子どもたちにも人気なのがフライで、ボイルしたものを丸ごと揚げる。生のほうがおいしそうだが、肝が破裂してとんでもないことになる。



3月下旬からGWにかけての新月の夜、浜辺にはホタルイカたちが次々と自ら浜に上がり、「身投げ」する光景がみられる。この時期、産卵のために浜辺に近寄ってくるのだが、新月の夜は月明かりがないために、感覚が狂い浜に近寄りすぎて波に打ち上げられてしまうのだ。いまや、観光客も集まる名物となっている。画像提供:富山県観光課


ミステリアスな光を放つホタルイカの発光

ところで、私たちの口にはいるホタルイカはすべてメスだということをご存知だろうか。富山湾のホタルイカ漁は春の産卵期に重なる。実はその時期、もはやオスはいない。冬に精子の入ったカプセル(精莢)をメスに託すと、そこで役目は終わり。死んでしまうのだ。残ったメスは、たくましくもひとり(?)身ごもり、たくさんの子孫を残すことになる。オスが店頭デビューすることはないのだ。 ひっそりと陰の存在。誉(ほまれ)はすべてメスにあり。

 

日本さかな検定協会 代表理事 尾山 雅一

【解答】①富山湾   


日本さかな検定(愛称:ととけん)とは

近年低迷が続く日本の魚食の魅力再発見と、地域に根ざす豊かな魚食文化の継承を目的として2010年から検定開催を通し、思わず誰かに伝えたくなる魚介情報を発信する取り組みです。
この四半世紀に街の魚屋さんが7割近くも姿を消し、またいまや地方にも及ぶ核家族化により、魚の種類・産地・季節・調理の情報や、祖父母に教えられた季節の節目に登場する魚の由来や郷土の味が伝わらなくなっています。
魚ほどそれをとりまく情報や薀蓄が価値を生む食材は他にないのに、語るべき、伝えるべき魅力が消費者に届かなくなっているところに、「魚離れ」や特定魚種への好みの偏りの一因があると捉え、愉しくおいしい情報を発信する手段として日本さかな検定が誕生しました。
2010年に東京・大阪で初めて開催。その後、地方開催の要望に応え、北は札幌、函館、八戸から南は沖縄糸満、鹿児島まで25の市町で開催へと広がり、小学生から80歳代まで世代を超えた累計2万4千名もの受検者を47都道府県から輩出しています。
今年10回目を迎え、2019年6月23日(日)に酒田・石巻・東京・静岡・名古屋・大阪・鹿児島で開催されました。

詳しくは、「ととけん」で検索、日本さかな検定協会の公式サイトをご覧ください。

日本さかな検定協会 http://www.totoken.com/