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さかな歳時記「二十四節気・啓蟄」 ぷっくり まろやか 伝説の貝

二十四節気●啓蟄●3月6日

ほら、身がぷっくりふくらんで、ちょうど食べごろ。ひな祭りの食卓を飾るこの貝は、古来、食いしん坊日本人の大好物。縄文時代の貝塚からもっとも多く発見されているそうです。
二枚の貝殻がぴったり合うので、夫婦和合のおめでたさに結び付けられ、結婚式の祝膳には吸い物も出されるようになりました。
冬籠(ごも)りの虫が土中から這い出てくるこの頃、旬真っ盛りの貝を選びなさい。


①アサリ   ②シジミ   ③ハマグリ   ④ホタテガイ

【解説】

春になると、多くの貝の身がふっくらと厚みをおびて、おいしくなる。春の大潮には潮干狩りが行われ、蛤のシーズンはピークを迎える。
「古事記」にも登場するハマグリ。「日本書紀」にははまぐりの膾(なます)の料理法が書かれており、文献上では日本最古の食材のひとつだ。その名の由来は、形が栗の実に似ているため「浜栗」、砂浜の小石(「ぐり」と呼ぶ)ほどにたくさんとれたからとする説がある。
婚礼にハマグリを、と提唱したのは、八代将軍徳川吉宗だったとか。かの享保の改革者である。経済政策として、江戸湾に豊富にとれたハマグリを婚礼に、とスローガンをかかげ、販売促進をうながしたのは、なるほどありうること。



旬の時季はだしもよく出るので潮汁がおすすめ。殻をよく洗い、昆布を入れた水から煮て、沸騰直前に昆布を引き上げ、殻が開いたら、アクをすくい、軽く火を通す。

もう一つの見方もある。実は吉宗は結婚5年目に正室と死別、以後、歴代将軍としては珍しく再婚はしていない。正室は生涯ただひとり。男の純情をつらぬいた。暴れん坊将軍の純情あればこそ、今に至るまでこの慣わしが語り継がれた、と。
江戸時代には、殻の内側に絵や和歌を描いた、貝覆い(貝合わせ)という遊びも上流階級ではやり、その貝殻は嫁入り道具のひとつになっていた。
いっぽう庶民にとってのおなじみは焼きはまぐり。しゃれ言葉“その手は桑名の焼きはまぐり”でもおなじみ、三重県・桑名の名物焼きはまぐりは美味で知られた。「東海道中膝栗毛」では弥次さんが茶店で熱い焼きはまぐりをひっくり返し、おへそあたりに落として大騒ぎする。



かつて江戸でも、品川は潮干狩りの名所であり、ざくざく採れた。しかしながら、いまでは東京湾のハマグリなんて幻の存在。ハマグリは水質汚染にすこぶる弱く、水温が高くなったり環境が悪くなると、死滅したり、引き潮に引かれて砂浜から遠くへ移動してしまう。
1965年(昭和40年)には3千㌧もとれた桑名産も95年にはわずか1㌧以下、全滅の危機に見舞われた。2012年には絶滅危惧種に指定され、環境省のレッドリストに。その後、桑名では水質浄化や稚魚を放流するなど努力を続け、近年では年間200㌧前後まで回復している。それでも市場に出ているものは9割以上が、中国や韓国からの輸入品だ。



ところで、数ある貝類のなかでもハマグリは伝説に包まれていることでも別格の存在だ。
“一夜に三里走る”
夏場に水温が上がり、ハマグリにとって環境が悪くなると、粘液を出しながら、海流に漂わせてその浮力で移動する。そのスピードたるや最大分速1㍍に達するといわれ、ここから「蛤は一夜に三里走る」という伝説が生まれた。
“蛤蜃気楼(しんきろう)を吐く”
夏にハマグリが出す粘液を見たためか、これにより海上に楼閣が現れると中国では信じられていた。これが蜃気楼であり、「蜃」はハマグリのことを指す。
最近とんと耳にすることが少なくなったが、一定の年齢以上の方には「ぐれる」という言葉になじみがあるはず。いま風にいうと「やんちゃをする」に近いニュアンスか。つまり、青少年の生活態度が乱れ、反社会的・反抗的な行動をするようになること。
「愚連隊」―懐かしい!―という言葉も、この「ぐれる」から生まれた。実は「ぐれる」はハマグリに由来する。ハマグリの文字をひっくり返すと「グリハマ」。これは物事が食い違うこと、逆、あて外れのことで「グレハマ」ともいう。要は二枚貝のハマグリの殻は同一個体のもの以外とは決して合わないことから、食い違い、あて外れという意味が生まれた。



川崎大師参道沿いにある江戸時代から340年以上続く老舗日本料理店の名物は味噌仕立てにした“蛤鍋(はまなべ) ”。 江戸時代には、大師の浜でとれた蛤を出す料理店が参道に軒を並べていた。日本橋を日の出とともに発ち、六郷を渡し船で渡り大師詣でを済ませた後、 蛤鍋で一杯やって日が暮れるころ急いで家路につくという日帰り旅が、当時流行っていたという。


市場に出回るのは、三重県桑名産のように内海で採れる「ハマグリ」、千葉・九十九里や茨城・鹿島灘のような外洋でとれる「チョウセン(汀線)ハマグリ」、中国などから輸入した「シナハマグリ」の3種。
めっきり減った国産のハマグリは市場では「地ハマ」と呼ばれ、寿司屋や料理屋さん御用達といったところだ。多くは中国産。国産に比べて味は劣るといわれるが、よくしたもので旬である今は、味もかなりいい。
春霞に包まれて、はまぐりのごちそうに舌鼓を打つ、このぜいたく。これも夢か幻か――。



店自慢の煮つめを添えていただく「煮ハマ」。江戸前寿司の“仕事”でもっとも手間ひまかかるタネだ。居住まいを正して味わいたい。
 

日本さかな検定協会 代表理事 尾山 雅一

【解答】③ハマグリ   
 

日本さかな検定(愛称:ととけん)とは

近年低迷が続く日本の魚食の魅力再発見と、地域に根ざす豊かな魚食文化の継承を目的として2010年から検定開催を通し、思わず誰かに伝えたくなる魚介情報を発信する取り組みです。
この四半世紀に街の魚屋さんが7割近くも姿を消し、またいまや地方にも及ぶ核家族化により、魚の種類・産地・季節・調理の情報や、祖父母に教えられた季節の節目に登場する魚の由来や郷土の味が伝わらなくなっています。
魚ほどそれをとりまく情報や薀蓄が価値を生む食材は他にないのに、語るべき、伝えるべき魅力が消費者に届かなくなっているところに、「魚離れ」や特定魚種への好みの偏りの一因があると捉え、愉しくおいしい情報を発信する手段として日本さかな検定が誕生しました。
2010年の第1回を東京・大阪で開催、2015年の第6回では八戸から福岡の12会場、昨年の第7回では函館から福岡にいたる11会場へと広がり、小学生から80歳代まで累計2万名を超える受検者を47都道府県から輩出しています。
平成29年は、6月25日(日)に札幌(初)・石巻・東京・静岡・名古屋・大阪・兵庫香美(かみ・初)・宇和島・福岡の全国9会場で、6歳から88歳まで2800余名を集めて開催しました。
また今年行われる第9回の日本さかな検定は「2018年6月24日(日) 札幌 酒田(初)石巻 東京 静岡 名古屋 大阪 兵庫香美 下関(初)――2月2日よりWEB先行申し込み開始」となっております。
詳しくは、「ととけん」で検索、日本さかな検定協会の公式サイトをご覧ください。

日本さかな検定協会 http://www.totoken.com/