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さかな歳時記「二十四節気・大雪」 日本人を幸せにしてくれる魚

二十四節気●大雪●12月7日

産卵前の冬、鍋の季節に旬を迎えるふぐ。淡泊にして、旨みがぎゅっと詰まった味わい。ふぐ刺し、ふぐちり、焼きふぐ、から揚げ、白子・・・、いずれもうっとりするほどのおいしさです。
そのふぐの最大の特徴は肝臓や卵巣に含まれる猛毒。その毒の怖さになぞらえたふぐを表す符丁(ふちょう)のうち、誤りを一つ選びなさい。


①鍛冶屋殺し   ②北枕   ③鉄砲   ④富

【解説】

鍛冶屋殺し(カジヤゴロシ)とは夏の魚、イサキのこと。骨が非常に硬く、昔この骨が刺さって気の毒にも亡くなった鍛冶屋がいた、と伝えられる和歌山県ではイサキをこう呼ぶ。
②から④はいずれもフグの隠語だ。②キタマクラは、死んだ人は北枕で寝かせるのが作法なので、当たると死んでしまうフグ毒の怖さを強調した符丁。③テッポウは当たると死ぬ鉄砲にたとえた。しかし、昔の鉄砲は精度が低くて滅多に命中しないことから、逆説的に「うちのは当たらない」という売り文句に掲げる店もあったという。
④トミは江戸末期に流行した‘富くじ’にちなんだもの。これまた当時はなかなか当たらないので、縁起をかついでいわれた。

海の中では無数にいる魚のひとつにすぎず、ほかの国では見向きもされない危ない魚、ふぐ。私たち日本人の心をずっと惑わせ続ける魚への悩ましい思いは、

河豚は食いたし 命は惜しし
河豚汁を食わぬたわけに食うたわけ

とアンビバレントな感情を抱かせてきた。 ふぐの魔力に取りつかれた俳聖たちも。

あらなんともなや きのうは過ぎて 河豚(ふくと)汁  芭蕉
ふく汁の われ生きている 寝覚めかな  蕪村
五十にて ふぐの味知る 夜かな 一茶

当時はもっぱらふぐ鍋で食されていたようだ。

猛毒がありながら、最高級魚としての地位を不動のものにしているフグ。世界で約120種が確認され、日本には約45種が分布する。そのうち食用とされるのは、トラフグ、マフグ、ショウサイフグ、ゴマフグ、ヒガンフグ、シロサバフグなど数種類。なかでもトラフグの天然ものは、もっとも美味とされる。



華やかな大輪を咲かせるふぐ刺し。熟成し旨みがでるのを待って刺身にする。ぎりぎりまで薄くひかれるのは、皿の模様を愉しみながら身の硬いふぐを美味しくいただくため。

身は高タンパクで超低脂肪。皿が透き通るほど薄くそぎ切りにするのは、身が締まっていて薄くないと噛み切れないため。イノシン酸、グリシン、リジンなどが豊富で、独特の旨みと歯ごたえがある。

大阪は安いフグ料理がいっぱいだ。鉄砲という隠語をもつ大阪では、「おもしろいこと言いまんな。ほなら鍋はてっちり、刺身はてっさ」と、笑い飛ばす豪放さがある。商人の町の自由さ、である。



そこにいくと、東京の不自由なこと。こっそり楽しめたのは町人レベル。幕府の方針はフグ食厳禁だったから、侍が口にしようものなら、家禄没収、御家断絶である。
豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592年)のおり、肥前(佐賀県)名護屋城に集まった軍勢が地元で獲れたフグを調理法も知らず食べ、毒に当たり犠牲者が続出、戦力が大きくそがれた。以来、「フグ食は天下のためにならず」という秀吉の禁止令が江戸時代になっても引き継がれ、武士はフグ食を禁じられていた。
明治に入って、フグ食解禁をうながしたのは、初代総理大臣の伊藤博文というが、東京にはフグを扱うための日本一厳しい条例がしかれた。つい最近までずっとだ。これではフグ食風土は育ちようがない。
その東京が、身欠きフグ解禁に沸いたのは2012年のこと。身欠きフグというのは、卵巣や肝臓ほか毒のある部位を取り除いたおろし身だ。



下関・南風泊で処理された身欠きふぐ。毒を含む内臓を取り除いた後、大量の真水で洗い、血の一滴も残さぬようきれいに整える。

本州の最西端、関門海峡をのぞむ下関。瀬戸内海と日本海両方の魚が水揚げされ、かつて日本最大の水揚量を誇った水産業の拠点だ。街の西側、彦島はふぐの島である。全国でただ一つのフグ専門の市場、南風泊(はえどまり)市場がある。最大20万匹を活かす大きないけすが400基、全国から24時間フグが運ばれてくる。国内水揚げのほぼ半分がここに集まる。
フグの美味しさは鮮度が勝負。入荷した活けフグは100㌘単位で重さごとに分けるが、秤にのせる時間も惜しく手に取った熟練職人が一瞬のうち重さを判断、700g、800g、900g、1kg・・・と選別していく。生きたまま競り落とされたフグは加工場へと運ばれ、ふぐ職人の手で瞬時に皮をはがれ、毒のある内臓や棘のある鮫肌などを除去する。こうして身欠きフグができあがる。


南風泊市場では、早朝、伝統的な‘袋競り’でふぐが取引きされる。腕に通した黒い筒状の布袋の中で、集まった仲卸業者が順繰りにセリ人の指を独特の数え方で握り、入札額を伝える。見本の身欠きの色や、ふぐの身の太り具合で選別。白子が入っているものが多ければ、トロ箱一箱の値段もぐんと跳ね上がる。


クリームのようななめらかな食感に、旨みと上品な甘みがあるとらふぐの白子。珍味の白子が得られるオスは、メスに比べ価格が1.5~2倍になることもある。


石川県白山市美川に伝わる「ふぐの子ぬか漬け」。食用を禁止されているゴマフグの卵巣を2年以上にもわたって塩漬け糠漬けすることによって毒素を消失させる。が、未だにそのメカニズムは不明という。濃厚な味は日々のおかずとして食べられ、珍味として酒の肴に重宝される。


ふぐ刺し、ふぐちりのお供はふぐのひれ酒といきたい。ひれ干しの風景は冬の下関の風物詩だ。

近年、フグが好んで食べる貝やヒトデに含まれる猛毒、テトロドトキシンがフグの内臓に蓄積されることが解明された。そこで、稚魚のときから毒のないエサだけを与えてトラフグ養殖が行われるようになっている。近い将来、フグの肝も食用とする時代がやってくるかもしれない。
いまや 河豚は食いたし 毒もなし である。

 

日本さかな検定協会 代表理事 尾山 雅一

【解答】①鍛冶屋殺し
 

日本さかな検定(愛称:ととけん)とは

近年低迷が続く日本の魚食の魅力再発見と、地域に根ざす豊かな魚食文化の継承を目的として2010年から検定開催を通し、思わず誰かに伝えたくなる魚介情報を発信する取り組みです。 この四半世紀に街の魚屋さんが7割近くも姿を消し、またいまや地方にも及ぶ核家族化により、魚の種類・産地・季節・調理の情報や、祖父母に教えられた季節の節目に登場する魚の由来や郷土の味が伝わらなくなっています。
魚ほどそれをとりまく情報や薀蓄が価値を生む食材は他にないのに、語るべき、伝えるべき魅力が消費者に届かなくなっているところに、「魚離れ」や特定魚種への好みの偏りの一因があると捉え、愉しくおいしい情報を発信する手段として日本さかな検定が誕生しました。
2010年の第1回を東京・大阪で開催、2015年の第6回では八戸から福岡の12会場、昨年の第7回では函館から福岡にいたる11会場へと広がり、小学生から80歳代まで累計2万名を超える受検者を47都道府県から輩出しています。
今年平成29年は、6月25日(日)に札幌(初)・石巻・東京・静岡・名古屋・大阪・兵庫香美(かみ・初)・宇和島・福岡の全国9会場で、6歳から88歳まで2800余名を集めて開催しました。詳しくは、「ととけん」で検索、日本さかな検定協会の公式サイトをご覧ください。

  日本さかな検定協会 http://www.totoken.com/