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食の国日本〝食〟プロデューサー 松田龍太郎ブログ

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第85回

福島県のくだもの屋が仕掛けた、ふくしぼりりんごジュース

2019年夏より、先日まで、福島県福島市にある「くだもの畑」さんのお仕事をさせていただいておりました。今回は、りんごジュースの販促に関わるお仕事についてです。

当初お話をいただいた時は、「東北パッケージデザイン展2018 優秀賞(東北農政局長賞)」を受賞した「ふくしぼりりんごジュース」をどのように消費者に届けるのかというお題でした。

「ふくしぼりりんごジュース」は、福島盆地が育んだ「サンふじりんご」を100%使用したもので、これまで、通常のりんごジュースとして、「くだもの畑」さんで販売されていた。そのりんごジュースを、多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒、現在神奈川にお住まいの大原菜桜子さんが、コンペ用にデザインし、晴れてデザインを一新、販売に漕ぎ着けたのである。

大原さんは、

「福島で作られたりんごジュースらしさを福島の伝統工芸である『土湯こけし』をアレンジして表現した。こけしというモチーフを用いる事で、①老若男女を問わず福島らしさ・安心感が伝わるデザイン。②売り場での目立ち感と共に家に飾りたくなる愛らしさがあり、人に贈りたくなるデザイン。③こけしの様にこだわって一品一品作っている事が伝わるデザインである事を目指した。

顔の形や絵柄にりんごの要素を散りばめたこけしのイラストを瓶に大きく配置。店頭でこけしが賑やかに並んでいる様に見える事を狙った。贈答用の箱はりんごの段ボール箱をイメージし、クラフト調と色数を絞った印刷で親しみと産地ならでは感を表現している。シリーズ展開時はこけしの高さを調整して他容量へ展開が可能で、モチーフの果物を変えることで他のジュースにも対応可能となっている。商品名は「福島のおいしさをぎゅっと絞った」という意味の「ふくしぼり」と名付けた。」

とし、くだもの畑さんが経営している場所の近く「土湯温泉」の伝統工芸、「土湯こけし」をアレンジし、これまでのりんごジュースのパッケージにはなかった、個性的で見栄えの良いアレンジを施したのである。

一方、くだもの畑さんは、そのジュースを、福島に限らず、もっと世の中に広めていきたい、マーケットを広くしたいという思いから、「2、3本をセットにして販売したい」「りんごに限らず展開を検討したい」「りんごはもちろん、そのほかの『福島の果物』にもスポットを当てたい」という要望があり、大原さんに引き続きデザイン部門を依頼しながら、「消費者へのお渡し方法」をさらに検討させていただきました。

一番苦労したのは、「2本、3本セットの化粧箱」です。アウトプットが「ガラス瓶」ということで、それなりに重くなります。まずその2、3本を入れ込む化粧箱の「強度」がポイントなります。また、「お持ち帰り」ではなく「贈答用」という部分も議論しました。いわゆる小売店やスーパーでそのまま購入して持ち帰る方にとっては、2、3本のリンゴジュースはなかなか重い。よって、宅配でお客様の元に届くような状態が望ましいということで、「紙」「木」といったそれぞれの版を何度かこしらえ、最終的に「紙箱」という部分で落ち着きました。もちろん、その箱についても、細部にこだわりをもつべく、「木目柄」「デザインにとりこんだ、そのほかの福島の工芸スケッチの紹介」といった部分も入れ込み、「贈答用」「お届け用」として、より「福島を感じてもらう」デザインに溶け込ませた内容にしております。

また今回に合わせて、りんご数個といった「果実のお持ち帰り袋」も検討させていただきました。僕も八百屋事業を経験したことから、こうしたビニール袋の良いものの検討はしてきましたが、最終的なコストや内容に応じて、通常のビニール袋になるのが妥当です。ただ、今回は「福島らしさ」という部分で、ポジティブに持ち帰って欲しい、そうした袋をつかって、福島のくだものを「つつみこみ」、そのつつみこまれた果実に愛情を持って接してもらいたいという意図から、透明袋に、印刷をかけ、あたかも「籠に盛られたフルーツ」として見栄えるようなデザインを施しました。ちょうど、こうしたオリジナルの型を持った会社がおり、その会社とともに、デザインを見直すきっかけをいただいたのですが、デザイナーの大原さんも、積極的に、福島の果実とデザインが邪魔にならないように、工夫して検討してくださったことも大変助かりました。

福島は、東日本大震災からまもなく10年、まだまだ関東より以西にむけての販促効果が出にくく、影響はこれまでも、これからもまだまだ続くと思います。そうした中で、今回お手伝いさせていただいたのは、その現場で戦おうとしている事業者の心意気でした。商売は「儲けてなんぼ」の世界です。りんごジュースをつくって販売するのであれば、それこそ僕の地元でも青森県のリンゴをつかい、デザイン性の高いリンゴジュースを販売することが一番でしょう。しかし、福島に限らず、日本の全国各地で、地元の食材を販売し、より多くの消費者につたえ、商売していくことは、至極大変と思っています。しかし、その大変さを凌駕し、より多くの人に伝わり、購入いただくためには、今回のようなチャレンジ、デザイン性の高いものの価値は、より重要だと感じております。その価値をどのように発信していくのかが僕らの仕事と思っています。デザインはもちろん、りんごジュースのスペックも非常に高いので、ぜひこの機会に購入、飲んでいただけると嬉しいです。

くだもの畑:http://www.kudamonobatake.jp/

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
http://www.oiseau.co.jp

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第84回

スピード感が違い。需要と供給のバランスが崩れる。

正月は実家青森で過ごした2020年。さっそくこの1月は、これまで中国上海、香港と取り組んできた地域団体商標「北海道味噌」の海外事業展開支援も2019年度も佳境となり、上海、香港に住む現地の料理人、飲食店経営者にわざわざ北海道・札幌へお越しいただき、北海道味噌を作り、販売をしている事業者とともに、マッチングイベントを開催させていただいた。

今回、事業に参加している7社のお味噌を活用し、北海道の料理研究家に依頼、8品目の味噌料理を作っていただいた。7事業者のお味噌は見た目も味も、特徴も異なる、それぞれ個性豊かなお味噌ですが、一般的な味噌料理は「味噌汁」がメイン。もちろん調味料としての味噌というだけではなく、生でそのままいただいたり、「酢味噌和え」や「味噌ディップ(味噌とマヨネーズを合わせたソース)」として、他の調味料や食材と合わせ、特徴を際立たせるものは、非常に中国人にとっても有効であることがわかった。

けれど、この事業で一番参考となったのは、商品云々という前に、「中国」の体質を理解しなければならないということだ。今までは、「中国に進出するのは難しい」「中国人とのビジネスがうまくいかない」という言葉も多く聞かれたが、現代においては、だいぶそうした誤解が少なくなり、むしろ「日本人は判断が遅すぎる」「補助サポートが半年かかるのは、タイミングが悪い」といった、「即ビジネスにつなげる感覚」の「時代格差」である。

中国の食業界は、担当者レベルは20代、そして決済者、経営者は30-40代がほとんどだ。一方、事業者は50-60代が担当者、70代が決済者、経営者ということもあり、すぐに現地に飛んで、自分のお味噌がどんな場所に置かれて、どんな風に食べられているのかを確認するにも、「海外」という土地性から腰が重いのだという。できれば明日からでも、次の予定が見えている予定があるのであれば、まずは、「とっかかりのきっかけ」をできるだけ早く作る。そして、満を辞して食品を持って行こう、そこから関税を通そうとおもったら、普通にやると半年はすぐにかかる。その時中国という場所は、場所も政治もどんどん変わり、ビジネスを始めようとしていたときから、心変わりするのも、わからなくもない。

しかしこの状況は、中国だけに限らず、世の中のスピードは「かぎりなく早く」動き始めようとしている。そして、中国含めた、新たな先進国は人口も増え、爆発的に、日本料理のニーズが高まっているのだ。以前も申し上げたが、ここ3-4年で、中国内の日本料理屋の店舗数が4倍ほどに膨れ上がり、いわゆる「日本料理パクリ」も多くなっているのだ。これは、中国人が日本料理を知らず、真似して作っている状況もあるかもしれないが、それだけ「ビジネスチャンスだ」と彼らは認識し、正直「パクってでも」日本料理屋をやりたいニーズが存在している。

ただ、香港、そして上海は、「中国の食のメッカ」だ。中国本土においては、この2都市へのPRは欠かせない。けれど香港は政治的な問題で、年末年始、そしてこの1/24から始まった春節時期ふくめ、香港から撤収、閉店に追い込まれているレストランが増えている。非常に厳しい時期を迎えており、すぐさま復活するのは難しいのではないかと感じている。一方、上海は、日本料理のスキルアップは目を見張るものがある。どのお店も、日本と変わらない味を提供し始めているのだ。だからこそ、その爆発的に増えている日本料理屋を相手にしていくために、彼らのニーズに瞬発力高く反応したい意識が必要だし、結果大きな展開になることも予想しながら、まずは小さくともそのアクションを起こすことが必須だということを、本マッチングイベントでも十分感じていただいたと思う。

しかし、このスピード感のズレは、非常にリスキーだと感じる。いまはビジネスチャンスだが、いったん広がったものが落ち着くタイミングが、すぐさま、1−2年でやってくる。この時に本物の日本料理とはなんなのかを、問われる時代がまもなくやってくる。

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第83回

「地元」「故郷」はリセットのスイッチ

2020年、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします!このブログも、かれこれ3年ほど経とうとしております。

毎月、多くの場所をたずね、多くの出来事に対応しているのですが、いつもながら気にしているのが「第一印象を強めるための、バランス調整」です。いつしか仕事は慣れてくる、同じような見方になる、もっというと年齢と経験の実績が、実はチャレンジに対して、ブレーキをかけているのではないかという危惧が生まれます。

そんな中、「地元」「故郷」を、働く場所である東京以外に持っている自分にとっては、ありがたいことだと思います。生まれ育った土地から離れて20数年。自分がどんなふうに変わっているのか、また、地元がどんなふうに変わってきているのかを感じることができる。

そこで2019年年末、年越しをかねて地元である青森県弘前市に帰りました。私が地元故郷で「リセット」する場合、いくつか場所へ出向いたり、食材を試すことをします。

まず、地元で採れた野菜です。野菜は、もともと八百屋を経営していたこともあり、「その地元でしか採れない野菜」を食べることにしています。その地元弘前で育った野菜「大鰐温泉もやし」と「一町田のセリ」です。

まず「大鰐温泉もやし」は、青森県の中南地域に位置する大鰐町(おおわにまち)には、古くから伝わる幻の冬野菜です。温泉熱と温泉水のみを用いる温泉の町ならではの独特の栽培方法により、およそ350年以上前から栽培されてきた津軽伝統野菜の一つで、津軽三代藩主・信義公が大鰐で湯治する際は必ず献上された代物です。

とくに大鰐温泉もやしは、 独特の芳香とシャキシャキとした歯触り、味の良さ、品質の高さで人気が高い自慢の味です。東京ではほとんど食べることができず、出回ったとしても、数量も少なく、それでいて人気が高い商品です。いま、会員制で有名な和牛専門店「WAGYUMAFIA」のラーメン専門店でも、この大鰐温泉もやしを活用したメニューが開発され、多くの国内外のファンでも人気という食材です。

そのもやしを、地元で見つけた場合、「どんな状態で販売しているか」をみています。僕はあくまでも「食の接点づくり」で判断しているので、このもやしの、地元での扱い方を気にしてみています。今回、弘前で購入したのは、弘前市内の小さな八百屋です。ものの見事な新鮮さで、購入する側も「欲しい」と思わせる理由が生まれます。消費者としては、「その店にわざわざ来る理由が欲しい」のはもちろん、商品の見せ方が、生産者から消費者までをつなぐ、とても大切なきっかけです。また、300円という値づけが素晴らしい。現在、大手スーパーのもやしの値段は安いものだと10円台、高くても40−50円ほどでしょうか。もちろん大鰐温泉もやしは、「豆もやし」のなかでも 「小八豆(こはちまめ)」 という大豆を使用しており、他の商品と異なりますが、その味わいは、青森ならではと思います。この商品の良さを、自分も感じられる、もしくは感じる人を増やしていきたいという思いが、重要な「リセットボタン」だと思っています。

次に、「一町田のセリ」です。一町田のセリは、独特の強い香りとシャキシャキとした食感が身上です。鍋物の他おひたしやみそ汁、漬け物などで食べますが、本領を発揮するのは実は「鍋焼きうどん」です(笑)

ちなみに実家では、このセリをごま油で軽く炒め、塩を少し振り、そのまま食べます。これがまたおいしい。この一町田のセリは、以前八百屋スタッフを青森に連れていき、その生産者のもとへ視察に行ったことがあります。そもそも「一町田」とは土地の名前、岩木町の一町田(いっちょうだ)地区に紐付き、昔からセリ産地として、地元では有名な場所です。『清水っこ(しみずっこ)』と呼ばれる清らかな湧き水が、気温にかかわらず一定の水温を保つため、この地域の田んぼは真冬でも凍ることがなく、昔からセリ栽培が行われていたのだと言います。このセリもまた、地元以外ではほとんど手に入らない。だからこそ、地元で食べたくなる食材です。

けれど、地元以外では、「一町田のセリ」ではなく「青森県産セリ」です。価値が変わります。値付けも変わりますし、東京—青森といった物流が発生すると、さらに価値は変容します。もっというと、地元の新鮮さを、できるだけ時間をかけずに食べるためには、その地元で食べるしか、その良さを味わうことができないのです。

先日、フーディスト(日々、料理や食を楽しみながら、ブログやInstagram、TwitterなどさまざまなSNSで積極的に発信をして活躍している方)で世界一を取られている浜田岳文さんが、「わざわざその食材を食べるために飛行機に乗り、食事を楽しむ為だけに行く人間にとっては、そのお店を選ぶ理由が欲しい」と話したことが印象的でした。飲食業に長くいる僕らにとっては「その理由を知りたいんですけど」と思いがちなのですが、見方を変えると「その理由づけができていないお店を運営していること」自体がヤバイと思わないといけない。これは生産者も一緒かもしれません。その土地で生まれたハーブや西洋野菜が欲しい、視察したい、そんな、日々ファンが訪れる理由を作る、きっかけを作ることが大切なのです。

新春、東京で地方へ副業、兼業される方に交通費の補助金が2020年度から一定額出るニュースを見ました。僕は、労働力のマッチングには、こうした生産者、飲食店を新たにサポートする仕組みとして、「関係人口」を作り上げる仕組みが必要だと思っています。生産者が高齢化しているのであれば、東京の人材が、収穫時期にお手伝いに行く、もしくはもっと収穫前から手伝いに行く、そうしたことが、あらたな農業に携わるきっかけを作るのではないでしょうか。

さて、最後に青森といえば「りんご」ですが、この一升瓶、1.8リットル、そして価格が620円!(僕は恐ろしく安いと思います!)けれど、瓶の種類が変わっていますが、中身の種類がわからない(表記なし)、1.8リットルで破格すぎる商品が、逆にもったいなさすぎです。大鰐温泉もやし、一町田のセリと同様、地元でしか味わえない、最高のリンゴジュースを僕は見てみたいです。

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第82回

情報が溢れている時代だからこそ、情報を捨てる勇気。

2019年、今年は5月より「令和」という新しい年に生まれ変わり、いよいよ消費税10%という増税もスタートした。消費税10%、飲食店に限って言えば、「テイクアウト(持ち帰り)」と「イートイン(その場で飲食)」での軽減税率もあり、それに伴いメニューや、店舗の業態変更もみられた。さらに11〜12月の渋谷周辺の大規模開発商業施設のオープンと、あっという間に、2020年に突入しそうな「師走」である。

これだけ「新規開店」が多い一方で、2019年は、例年になく「閉店・倒産」の数字も軒並み上がっている。2019年の飲食店事業者の倒産は、11月までに668件発生し、既に前年(653件)を上回った。過去最多となっているのは2017年の707件であるが、2019年はこのままのペースで推移すると通年の倒産件数は728件前後となり、過去最多を更新する可能性が高い。消費者の節約志向は高まる一方で、外食を控えて中食や内食を選ぶ消費者が増加しているのは前述した通りだ。

そうした中、弊社では現在、飲食点経営者や料理長といった、世代でいえば40後半から50代前半、そして北海道から沖縄まで全国幅広く、地域活性化において活躍している事業者・キーマンをターゲットに、丸の内にて「食の学校」を運営させていただいている。その名も「丸の内 食・コトデザイン研究所」だ。

主宰は、大手ディベロッパーの三菱地所が仕掛け人。これからも5年、10年と中長期のスパンで、商業施設におけるオフィス以外の部分、特に「レストランフロア」においては、その商業施設に足をはこぶお客様、ひいては、その魅力作りに非常に敏感であり、次の一手を打ちたいという部分が、私たちもとても感慨深く、勉強になる試みの一つでもある。

この学校は、2019年7月から開講。月に一回、12月まで合計6回の講座は、大きく三つの構成となっており、「1、地方食材をどのように活用するかを考える試食会」「2、飲食業界のトップシェフ、ゲストを招いたトークセッション」「3、受講生とともに、飲食業界の質の向上を考えるグループワーク」を実施、おかげさまで、70名弱の受講者とともに、いまの飲食というワークスタイル(働き方)から、その飲食業界で働いていくための手法、これからのステップ、いま戦っている状況を、ガラス張りにして伝えることを実施させていただいた。

その中で、第6回、12月に実施されたトークセッションにおいて、「丸の内シェフズクラブ」のシェフのひとり、和食「分とく山」の野崎洋光総料理長が受講生に話された言葉が、まさに今の時期にぴったりなメッセージだと思う。

「みなさん、和食のことをどのくらい理解されていますか?なぜ、和食の基本は『だし』をとることからはじまるのでしょうか。どれもこれも「知識」の一部。『知らないことを言えない時代』だからこそ、その本質が見えなくなるのです。いま情報が溢れている時代だからこそ、情報を捨てる勇気をぜひ持ってください。」

***

僕は2008年から飲食の業界に足を踏み入れ、「飲食店の立ち上げ」に関する企画会社で修行をしていた。その時、現場で感じたのは「時代のスピード感」だった。100店舗展開、来週には5店舗オープンという、スピード命の「ベンチャー的飲食企業」と、それに反するように、何年、何十年と、その技術と実績で「老舗」と呼ばれる飲食企業と数多くみて、その土地、その時代、そのルールにしたがった様相をみてきた。

だからこそ、分とく山・野崎総料理長の言葉は、改めて聞くと、新鮮なメッセージだった。実績とノウハウは、若いだけでは培えない、もっと奥深く、時間が必要だということも。

特に、2019年のスピード感、いや「脱皮感」は、2020年に控えている東京オリンピックにむけてに、間違いない。東京オリンピックを潜り抜けた時、脱皮後の「進化」はどこに向かっているのだろうか。政治も変わり、ルールも進化し、そして、そこに働くスタッフもまた「脱皮」と「進化」を繰りかえす。その中で考えなければならない「情報を捨てる勇気」。

皆さんにとって、今捨てるものはなんですか。いまテレビで話題の「グランメゾン東京」が注目されているように、「まず目の前のお客様に対して最大限にサービス、料理を提供する」という主人公の台詞が一つのヒントかもしれない。

●丸の内 食・コトデザイン研究所 2020年1月より第2期が開催!

https://shoku-koto.jp/

●分とく山

https://waketoku.com/

●丸の内シェフズクラブ

http://shokumaru.jp/chefsclub/

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第81回

酒のあてを、スッとあてがう、ほろ酔い月島。

海外から国内と毎年秋冬は、まさに移動の季節。12月に入り「師走の季節」といわれているが、先日、出張で北海道に行った際にはすでに雪国。今年初のダウンジャケットをもち、首元までしっかり締めながら歩いた寒々しい北国から羽田に戻ると、そのダウンジャケットを脱ぎすて、今度は薄手の長袖で歩かねばならないほど暑い東京という場所は、忙しなくも、2020年オリンピックに向けて颯爽としている。季節は冬。秋があっという間に過ぎ去った。

そんな東京でも、少しの時間、「一服」したくなるような時間に、出会いたくなる。気の利いた友人から「月島駅から徒歩5分。ちょっと佃(つくだ)寄りだけど、友人が店を作ったのでぜひ!」と言われて、日暮れが早くなった17時、いつもより早い時間に、月島にむかった。「もんじゃ焼き」の街として知られ、日中は少し煙った香りがする月島。

友人がくれた地図を頼りに、そのもんじゃストリートを背中に、佃方向に足を向ける。とある高層マンションの裏手に、ひっそりと「ategatte(あてがって)」というお店を見つけた。11月初旬にできたばかりのお店だという。

お店の前にはオープンしたばかりの祝い花が。ガラス戸を引いてお店に入ると、「どうやって入れたんだろう?」と思うくらい、立派な木をかち割った、素晴らしい木目のカウンターにでくわす。僕もこういうカウンターは大好きだ。そのカウンターの中に、お客様の座った位置と同じ目線になるような低めのポジションにスタッフ男性2名がいる。なるほど、「飲食を知っている」。また、お店の雰囲気はbar(バー)のような感じで、特に、お店の造りが長細いということもあり、奥の壁は「鏡」で奥行きをだしていた。

先に来ていた友人は、入り口すぐのカウンターの端に座っていた。正面すぐのカウンターは、5−6名が座れるように、ぐるっと囲い込むようにカウンターの端が、四角いテーブルのようになっている。どうしても一直線のカウンターであれば、4名以上のお客さんは、それぞれ端どうしの人と話がしづらく、座り位置などを気にするものだ。けれど、このカウンターテーブル席は、そこをうまく使っていて、このbarのようなお店でも、十分「小料理屋」のように、常連がグループで来ても問題ない造りになっている。これもお店を運営し、飲食できちんとビジネスをしようという意気込みを感じた。

「酒、ツマミ(あて)を【あてがう】ことからお酒や、ツマミなどをあてがってほしい(提案する)ことから名付けました」。

酒の伝道師という肩書を持つ、店長の永友氏にお店の由来を聞いたときに話されたことだ。日本酒、ワインと、いろいろオーダーをだし、永友氏に「あてがってもらう」と、まさにコンシェルジュのように、うまい酒が出てくる。

「うまい酒」は、お店の店員に勧められたときに、実力がわかる。これは、久しぶりにほろ酔いになりそうだ。

宴席も中盤。ふと提供された鮮やかな「馬刺し」に目を見張った。赤身と脂身を合わせながら食べると、辛口の日本酒がぴったりだ。他メニューも季節に応じて、お客様の飲み物に応じてあてがわれる。友人はおもわずもう一皿注文した。もちろん、それにあわせてスッとサワー系のドリンクがあてがわれる。僕は永友氏が「バーテンダー」に見えた。

聞くところによると、永友氏は、天王洲アイルにある、某有名クラフトビール屋で働いていた強者で、今回、物件を探しに探して見つけたとのこと。夜に訪れた店だが、普段であれば、住宅の入り口のような物件だけど、そのなかで、世界観がきちんと入り込んだお店になっていて、好感がもてる。僕も、自宅周辺でしっぽり飲むときはたいてい、門前仲町だったが、築地・勝どきからも程近い月島で美味しいお酒とつまみを「あてがう」ことができるお店が新しくできたのは嬉しい。

ぜひ「ategatte」を探してみてください。たまに僕も「あてがって」います。

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第80回

爆発的に広がる中国での「日本料理屋」の出現!

11月。いよいよ2019年も残りわずかになった。ちょうど、天皇陛下御即位をお祝いする国民の祭典も終わり、令和元年も、新しい時代の幕開けとなった。

私は、中国・上海に、今年の1月から10カ月ぶりに視察として向かった。目的は、中国最大の食の展示会「FHC2019」だ。生鮮以外の、加工品、製造商品、またそれにまつわる設備もろもろ一堂に会した展示会だ。珍しく空は真っ青で、この時期には珍しく20度を超えた天候だった。

まず中国全土と言われるだけあって、その展示会の物量(出店者数)にはど肝を抜かれた。日本で言えば、千葉・幕張にある「幕張メッセ」のおおよそ3倍の大きさ。まさに、大きな町一個分が展示会場になっている。またこの展示会のレイアウトは、大きく三角形の配置となっており、一辺は、グローバルエリアとして、日本をはじめ、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの各国からの出展者で連なる展示となり、もう一辺は、中国市場で展開しているものが、カテゴリー別に、ベーカリー、スイーツ、フレンチという具合に分かれた展示、さらにもう一辺は、酒類、おもにワイン、リキュールといったラインナップで展示された、それぞれ3つの大きなエリアで分かれていた。

私たちは、その中でもグローバル、特に日本エリアの、JETRO主催ブースを中心に拝見させていただいた。今回の出店のラインナップを見るに、主に島根県の酒造組合、福岡・北九州の酒造組合などの出店が目立った。上海からすれば、九州・福岡から片道2.5時間の距離。海外事業展開としては、大きなマーケットであることは間違いない。

そして「日本酒」という商材展開も見逃せない。特に2018年は、日本酒の輸出量が、過去最高となり、また先日、海外向け販売に特化した、日本酒醸造に関する法律が制定され、2020年度以降、新たな動きが生まれる準備が進められている。一方、食に関しては、以前多く見られた「日本の地域における特産品を活用した商品」が少なくなった。むしろ、そうした商品より、簡単に調理ができるソースや調味料、冷凍食品の展開が数多く見られた。この展開から「できるだけ簡単に手早く」という主旨が見られ、訪れたバイヤーたちも、賑やかに出店者との交渉をしている様子が伺えた。(また一般のお客様も多く見られたが、試食・試飲を実施している店舗ほど多く賑わっていた。)

今回、出店者ほか、様々な方々にヒアリングさせていただいたが、みな一同に「日本料理店が爆発的に増えている」という印象を述べていた。この「日本料理屋」という部分が重要で、例えばラーメン屋から回転寿司、トンカツ屋から居酒屋、果ては高級和食業態まで、日本に紐づくレストランは、ほぼ全て「日本料理屋」と言われているところだ。2019年の現在、中国全土では少なくとも5万件を超え、2015年、2017年とまさに倍々、という形で増えているのだ。

僕がもった印象は、大きく分けて二つ。1つは、まずビジネスとして捉えた場合、その多くの日本料理屋が増えていくことにより、「味の日本化」を進めていくために、いわゆる「調味料」の輸入が盛んになってくるはずだ。これは、先ほどのFHCでも同様だが、醤油などの調味料、また例えばお好み焼きにかけるソースも日本からの輸入、あるいは、国産として、中国で製造を実施し、すでに流通し始めている。また、多くの日本料理屋は、「日本食材に特化した卸会社からの流通」も多くなっている。実は中国では大手2社の、日本食材に特化した企業が存在する。その2社から、それこそ、日本とは変わらない食材を(青果以外だが)仕入れることができるようになっている。その仕入れができるようになれば、多店舗展開も可能で、10店舗、100店舗はすぐに可能になる。それだけ中国は「広い」。実は上海で、いくつかの日本料理屋を訪ねて食べ歩いた。主に、日本で経営展開し、中国に業態ごと輸入している会社のレストランだ。その成り立ちは、すでに日本と変わらず、店内のメニューも、中国人スタッフも日本語ペラペラだ。それでいて味は、多少違いはあるけれど、おおよそ日本と変わらない(し、ほぼ微差だ)。

そしてもう一つは、「日本料理屋を担う料理人の育成」だ。これだけ倍々という形で店舗が増えれば、そのニーズとビジネスデザインによって、お店にも人材が必要だが、だれでもラーメンからトンカツ、高級和食料理はできっこない。むしろ、その人材を育成するために、日本料理とは?という部分を、一から学ばないといけない。日本では、築地にお寿司の学校があるように、中国上海には、日本料理を中国人料理人に学ぶための学校や、研修が盛んだとのこと。また業態によっては、長年の修行が必要なものではなく、1週間〜1ヶ月単位で、しっかり研修を受ければ、店舗運営には問題はないはずだ。(あくまでもプロ目線の話だが。)また、そうした日本料理の研修をビジネスのベースにする企業も発生している。それだけ「爆発的に」日本料理は、中国で広がりつつあるのが現状だ。

単に、話題や店舗数だけではない。フランスが国策としてフレンチという料理を世界中に広げ、さらん「ミシュラン」のようにレストランを評価し、お客様を集客する手法を広げていったように、中国の爆発的な勢いに、スキルやクオリティが担保してくれば、日本料理の新しい境地や発展が生まれる可能性は十分にある。

けれど、私は日本料理をあくまでも「和食」とは捉えていない。このブログの主旨でもある「和食スタイル」は、そのスタイル自体の趣もあるが、いわゆる「日本」「日本人」「日本ならではの」という、かなり特殊性を持ちうるコンテンツだと考えている。だからこそ、中国で「和食」が定着するのはまだまだ先だし、大きく捉えて、そもそも困難、という捉え方であってよい。

むしろ、そうした「和食」に興味を持ち、日本を訪れる中国人が増えていくことは、加速的に考えられる。2020年オリンピック以降、アジアというエリアを見る際に、こうして和食のクリエイティビティが輸出される一方で、その源を探る日本探究が増えてくるのではないかと。

僕はこの上海で「味噌」の可能性を2年ばかり追っかけてきた。味噌の見えた、魅せ方、ブランディングの方向性を考えた場合、あえて「和食」として、味噌の情報発信をしていきたいと考えている。新しい味噌の使い方もさることながら、日本人が好んで、毎日の日常で飲み続けてきた「味噌汁」を上海でどのように展開させていくかを検討したい。

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
http://www.oiseau.co.jp

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第79回

「安全」「安心」という言葉が生み出す、絶対条件。観音山フルーツガーデンの挑戦。

「絶対、手選別です!」と、僕を和歌山の山奥に連れて行き、そこに芽生えた青い実を、そのまま食べてみろと児玉会長さん。手に取った青い実は、甘酸っぱくて、酸っぱい「青いみかん」だ。ちょうど食べさせていただいたのが9月下旬頃。手のひらにすっぽりおさまるミカンをむいてみると、鮮やかなオレンジ色で、酸っぱさと言うより「温かみ」を感じる色だった。

例えば、大型機械を使ってサイズ分けしますと、長い工程でくだもの同士がぶつかり合い、その摩擦で沢山のショックやストレスを受ける。そのため、くだものの呼吸が活発化してわずか数日後、味に大きな劣化が起こる。特に、柑橘栽培農家の間では、この劣化した味を「コロコロ転がり、味がボケる」ことから通称「煮えた味」と言うそうだ。

だから、観音山フルーツガーデンでは、手作業で果物1個1個をまるで「生タマゴ」を取り扱っているように選別し、出来るだけ実へのショックを無くする手間をかけている。「大量生産、大量流通」の効率性も大事だが、少し非効率でも美味しさを劣化させることなくお届けすることに多くのファンをつくっている。

例えば、こちらのフルーツパフェ。児玉会長からパフェの特徴だけに限らず、経営しているカフェの数字(経営状況)も見せていただいた。和歌山の山奥で、東京や大阪の繁華街のカフェでも出すことができない売り上げを立てていることにまず驚いた。そしてなにより、著名なパティシエが作り上げたものではなく、自前のスタッフが修行し、素晴らしい商材を作り上げていることも目を見張る。これは「安い!」「高い!」ではなくて、「美味しいものにたどり着くコツ」を果物屋目線で分析し、きちんとビジネス化しているさまが素晴らしいと感じている。(写真の「いちじくのパフェ」は国産いちじくをふんだんに使っており、都会でもなかなか食べることができない代物だ)

11月より京都にもパートナーを介して、このパフェ屋が完成した。

参考:2019年11月1日オープン 観音山フルーツガーデン京都店

http://osumituki.com/hack/kyotokanko/sweets/129591.html

またいま北海道にも新たなパートナーを見つけ、同じくパフェと果実のお店を作ろうとしている。そしてそこで面白いのが「果物屋のフランチャイズ化」だ。単純に名前貸しではなく「その土地で生まれ育った果実を中心に店作りの実施」をしているところだ。確かに、和歌山の、観音山フルーツガーデンの果実はうまい。けれど、旬や季節に応じてその果実は採れない日々も生まれる。もちろん和歌山から運び、移動させることにも移動ロスが発生し、経済的にもうまくいかないだろう。だからこそ、北海道ならではの果物展開があると見込んだ児玉会長は、そこにチャンスを見出そうとしている。この動きは僕も気にしている。

果物の取り扱いは、八百屋をしていた身として、非常に難しいと感じているが、人を喜ばせ、ポジティブにする食材は、他にない。この果物の展開が、新たな勢いを作るだろうと考えている。

●和歌山県紀ノ川・観音山フルーツガーデン

https://www.kannonyama.com/

〒649-6531 和歌山県紀の川市粉河3186-126
電話: 0120-593-262(フリーダイヤル)

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第78回

「ちょっと一服」のご褒美を、シングルオリジンの抹茶にて。

実は最近「業態開発の限界」を感じている。どんな魅力的な企画内容、それを実現するシェフやスタッフの力量では賄えないほど、時代の早さは、特に都心部においては、異常な速さで進む傾向があり、多くの新規出店数を見ながらも、それに伴い、ひっそりと閉店していく飲食店もまた、比例するかのように増えているのも事実だ。

さらに、人材不足と呼ばれている昨今においては、新規出店でさえ、出店するための人材確保に追われているのも事実だ。しかし、新規出店は待ってくれない。渋谷や銀座、至る所で新規物件、商業施設のオープンが盛んで、至る所で「新規人材募集!」「新規出店目指しませんか?」という、心躍る言葉を見かけるに、新規出店もさることながら、そもそも新規出店へのあり方、仕組み作りが急務ではないかと検討している。実は来年夏に都心で検討しているのが「キュレーションレストラン」という仕組みを使った飲食業態を作ろうと考えている。その業態の根幹は「飲食人材の働き方」について特化した内容にするつもりだ。

朝から晩まで、厨房で腕をふるうのではなく、食材自体がどれだけ価値があり、次の世代に残していくべきかを考え、その作り手たちを応援し、自らも成長できる、そんな業態を作りたいと考えている。それはメニュー構成や料理人の力量だけではない。あくまでもレストランオーナーとしての役割が変わりつつあるのだと僕は思っている。そのレストランオーナーの立ち位置が変わるタイミングであると、感じているのだ。

前置きが長くなったが、今回ご紹介するお店は、100%宇治産、シングルオリジンの抹茶を提供する「IPPUKU & MATCHA」だ。僕は「業態開発の限界」という問題点について、一石を投じる店舗開発、そして、「シングルオリジンの抹茶」を提供する、とても「日本らしい」提案であると感じたからだ。

オーナーの佐藤氏は、元々カフェ展開を手がける企業にお勤めの後、かの東京タワーの麓に「タワシタ」という会員制レストランの「走り」を手がけたレストランオーナーである。彼が、このお店を手がける2年前ほど、江戸切子のグラスを拝見させていただき、「一般にほとんど流通しないシングルオリジンの抹茶を飲んだことがありますか? それを飲むような場所を、東京のど真ん中に提案したい」という野望を聞いた。

まさに野望で、そもそもシングルオリジンで抹茶を提供するために、抹茶自体を手に入れることができるのか? はたまた、その界隈にある「抹茶カフェ」のようなお店を作りたいのか? といろいろと妄想しながら、今年完成した「IPPUKU & MATCHA」に訪問した時に、その思いをギュッと詰め込んで、たった6坪のお店に入れ込んだ度胸と、細部へのこだわりが、とても素晴らしかった。

抹茶は、合組(ブレンド)せず、品種の違いを楽しむことができるシングルオリジン。400年以上続く手摘みで生まれた茶葉は、収穫量もごくわずか。つまり「旬」を感じる抹茶をいただくことが可能で、単一品種、単一茶園の生産者の顔が見える抹茶にチャレンジしているのだ。そして宇治抹茶の伝統を踏まえつつ、新たな価値観を創出するため、これまでセレモニー要素が高い「抹茶」にフォーカスしつつも、その作法に囚われない新しい楽しみ方を考えている。

そしてその楽しみ方を最大限にする方法の一つとして、彼らは「抹茶専用の江戸切子グラス」をわざわざ職人に作らせているのだ。抹茶自体の美しい色、さわやかな豊潤な香り(実はぜひお店で感じていただきたいのだが、ここの抹茶の素晴らしさは「香り」だ。)そして深く豊かな味わいを提供する演出の一つとなっているのだ。

その一杯をいただく、極上のスペースとして、店舗奥にある「茶室」があるのだが、その壁面の細やかな土壁は、稀代の左官、挾土秀平氏のオリジナルで、その色質が半端なく上品だ。そして、ガラスの茶釜(!まさにアート作品だ)が、提供される抹茶のクオリティをさらに押し上げている。いずれにせよ、演出もさることながら、「深堀」されているサービスを目の当たりに感じたのだ。いわゆる企画性が高い飲食店ではなく、熟知されて生み出された飲食店であることは間違いない。

このお店の作り方に、2020年以降の飲食店、あるいは外食の作り方の一端ではないかと感じている。もっというと、こうしたこだわり抜いた飲食店がやがて増えていくが、その業態が持つ歴史、価値観、そこに携わる生産者から作り手まで、一環としたブランディングの必要性を感じた。なにより「事業主自身のこだわり」に心が熱くなったのだ。もちろん一人の力では限界があるが、腕利きのオーナーシェフのお店づくりではなく、飲食を知り尽くしたレストランオーナーの必要性だ。このオーナーの存在はやがて稀有な存在になるだろう。単純なフランチャイズ展開や、多店舗展開ではなく、いかにこだわり抜いた業態を幾年も提供できる仕組みを作ることができるのか。時代の早さに応じていくには、このレストランオーナーの体力、瞬発力、そして理解力が試されている。

●IPPUKU &MATCHA 日本橋店

https://ippukuandmatcha.jp/

〒103-0022 東京都中央区日本橋室町2丁目1−1 日本橋三井タワー 1階

03-6262-3224

営業時間 08:30-20:00 定休日無

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第77回

広島から1時間。離島で生まれた国産レモンを収穫へ。

広島駅から車に乗って小一時間。竹原という港に朝早くついた。ここから、広島の離島である「大崎上島」に向かうフェリーが出ている。車も搬入でき、いわゆる「通勤可能な離島」だ。この離島に向かうのは、2010年から大崎上島でレモンやミカンを育てている農家、佐々木司氏に出会うためだ。佐々木氏は、主にレモンをはじめとした柑橘、そしてブルーベリーを主に収穫し、広島市内の飲食店や、私たち、八百屋を経営していた業者に商品を卸している。今回、広島市内で私がお手伝いさせていただいている飲食店のドリンクメニューに、国産レモンをつかった商品を提案することとなり、佐々木氏の柑橘を使ったアルコールドリンクとノンアルコールドリンクを提供することとなったのだ。この機会にぜひお会いしたいと思い、わざわざ車を借りて、早朝から収穫のお手伝いに出向いたのだ。

船に揺られて20分、僕は大崎上島、白水港についた。そこには佐々木氏が出迎えてくれて、佐々木氏の奥様とともに「ここからレモン畑に向かうので、付いてきて」と、島を横断して15分。着いたのは閑静な住宅街。

佐々木氏は準備が済むと、おもむろに、住宅に囲われた場所の柵を外し、中に入り込んだ。そこには、たわわに実った「青いレモン畑」があった。佐々木氏は「松田くんも一緒に収穫して、それを広島に持ち帰るのがよい」ということで一緒に30分ばかり、20キロ相当のレモンを佐々木夫妻と収穫することになった。

「青いレモン? 普通、レモンって黄色だよね?」と首を傾げている人も少なくないと思う。実はレモンの実(み)は「緑色」ということをご存知でしょうか?レモンの木は、熟すと緑色の実を結び、その実が成熟するごとにだんだんと色が薄くなり、最後にようやく黄色へと変わるのです。

といっても、ひと昔前までは、スーパーや八百屋に並ぶレモンのほとんどが輸入レモン。日本に入ってくるまでに完全に熟されて黄色くなったものしか目にしないのですから、当然、「レモン=黄色」という思い込みが生まれても不思議ではありません。

レモンの輸入が自由化される1964年以前は、日本でも多くの農家がレモンを栽培していました。レモン農家のほとんどが小さな家族経営だったので、海外から大量に安価な価格でレモンが入るようになると、割高な国産レモンでは太刀打ちできなくなり、栽培を断念せざるをえない状況に追い込まれたのです。

ところが、近年世界的なオーガニックやナチュラルフードブームにより、日本人の「食」へ対する意識も一気に高まり、時代がより安全な食を求めるようになるとともに、レモンをめぐる状況にも変化が見られています。ここ数年で、スーパーの棚にもごく当たり前に「国産レモン」が並ぶようになりました。輸入レモンは輸送時間の影響で色が変わるだけでなく、輸送中の腐敗を防ぐため必須とされる防腐剤も、日本では使用禁止とされているような強い薬が使われることも多く、しばしば問題視されています。

また、栽培時にどんな殺虫剤や化学肥料が使われているのかよくわからないという不安もあります。それに対して、国産レモンは「食べ頃は収穫してからすぐ」であり、かつそのタイミングで出荷できるので、輸入物とは異なり、防腐剤やワックスを使用せずに消費者の手に届けられます。(もちろん、送料や手間が上がるので。輸入物より3-4倍の価格はするでしょう。)

加えて、作り手の顔がちゃんと見えるというのもポイントで、この「信頼性と、輸入レモンにはない風味の豊かさ」が国産レモンの魅力で、徐々に支持が高まってきているというわけです。

佐々木氏は、もともとは、東北の米農家の次男坊。現在50代半ば、サラリーマンを辞め、2010年にこの島に移住して来ました。佐々木氏自身、就農するなら、最低のスタートラインは「農薬、殺菌剤 除草剤 化学肥料は一切使わないこと」と固く決心。トレーサビリティのしっかりした物を使用する。今後の目標は土壌を整え、無肥料で柑橘を育てること。僕らはその気構えに共感し、国産レモンの農家として、 仕入れさせていただいている。果物をできるだけ農薬を使わずに、そして無肥料で育てるのは大層な事です。しかしそこで育てられた果実の完成度は、抜群。鼻を近づけるだけで、レモンの酸っぱい香りが、強烈にそしてシンプルに嗅ぐことができます。

今回特別に、国産レモンの他に「すだち」や「ミカン」の畑も見させていただきました。「すだち」は香りがよく、見た目も小さくて、それでいてジューシー。お菓子はもちろん、使い方を工夫して、ドリンクにも提供しやすい。早速広島に持ち帰り、酎ハイあたりで使ってみようかと思う。そして小さな「小みかん」を多くいただいた。あまり美味しいので、これは広島に持ち替えらずに、東京に送ることとした(笑)。今も食べているが、少しずつ黄色くなってきている。

柑橘は、10月からスタートし、来春まで続く商品だ。温州みかんを始め、レモン、シークワーサー、ポンカン、ネーブル、はるか、そしてデコポンへと品を変えて徐々に出てくる。もちろん、多くはこしらえてはいないが、佐々木氏の果物は、とても良い状態だ。

この大崎上島、そして近くには「岩城(いわき)島」など、同じくレモンの産地が多い箇所だ。瀬戸内という温暖で柑橘系の栽培に適した島々がおおいのも、今のように国産レモンが注目を集めるようになるずっと前から、安全で美味しいレモン作りにこだわり、露地やハウス栽培でレモンを育てている。もちろん、佐々木氏のように、他県出身者が多いというのもポイントだ。こうしたIターンの受け入れをはじめ、様々な新しい試みを積極的に行っているのも離島ならではの利点なのかもしれない。

●佐々木氏のホームページ

農粋(のうすい)つかさ庵 https://tsukasa-an.jimdo.com/

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第76回

廻船問屋が、ひょんなことから、300年続くお味噌屋に。

まず、2019年9月9日に関東地方を襲った台風15号により、特に千葉県では、数多くの住宅に被害が出ました。また停電箇所も多く、大変な事態になったと思います。なにより、引き続き大きな被害にならないようお祈りいたします。

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9月の大型連休を挟み、私は和歌山県御坊市に足を運んだ。向かった先は「三ツ星醤油 徑山寺(きんざんじ)味噌 堀河屋野村」だ。訪ねたのは、現在次期十八代目として店を引っ張っている野村圭佑氏。大学卒業後、大手商社に就職し、担当になったのは、幼い頃から身近だった「大豆」の取引だった。大豆は海外市場において、人間が直接口にするものではなく、「油を搾るための種子」という位置付けだった。一方、日本では国内で大豆を食品用(豆腐、味噌、醤油など)として育て、直接食べる。

「大半の日本人はこの大豆文化に気付かず、輸入すれば容易に手に入ると思っている。また自らの家業でもある醤油作りに目を転じると、醤油として販売されているものの8割以上が『脱脂加工大豆』と呼ばれる大豆の絞り粕を原料にしている。それは醤油ではない。」野村氏はそう話すと、永く続く自らの家業を、自分の道と決め、和歌山に戻ってきたのである。

その堀河屋の醤油、味噌作りのスタートは、ひょんなことだった。

もともと和歌山は「紀州」と呼ばれる地域であり、堀河屋野村が家業を始めたとされる1688年(元禄元年)は、徳川時代真っ盛りの時期。特に紀州は「徳川御三家」の由緒ある地域で、「紀州廻船」とよばれる船を使った流通を使い、江戸(東京)に材木などを運ぶ要所であった。そして堀河屋も「紀州廻船」の末裔。野村氏が現代の流通をリードする商社に入ったのも、なにか縁があったかもしれない。

1756年、その堀河屋野村の船が江戸へ荷物を運んだ帰りに、大波にさらわれ、伊勢沖で流されてしまう。そこから3ヶ月漂流し、なんと北海道択捉に漂着するのだ。そこでアイヌ人に助けられ、命からがら陸路を経て、江戸に戻り、1年後、堀河屋の船員は地元紀州に戻ることになる。紀州藩の荷物を江戸に運ぶ役割の一廻船問屋の事故。信用を失った堀河屋は家業の業態を変えることを余儀無くされる。貸金業やロウソク商、いくつかの商いの中に醤油・味噌製造業があった。廻船問屋時代、江戸の紀州藩の方々に手土産として作っていたのを家業の一つとしたわけだ。

しかし、なぜこの地に醤油と味噌が存在していたのだろうか。

実は紀州、もう一つ大きなルーツがある。それは「味噌」「醤油」が生まれた場所なのである。紀州日高郡由良町にある「興国寺(こうこくじ)」には、覚心(かくしん)という和尚がいた。彼は、高野山で修行後、宋(中国)に渡り、禅の教えと、その修行の中で、寺の食事で用いられる「徑山寺(きんざんじ)味噌」を学び、紀州興国寺に持ち帰ったと言われている。その製造の試行錯誤の中から、偶然にも重宝されるようになったのが、醤油の原型となったと言われている。そうした1禅僧の教えが、日本の発酵文化の根幹を生み出したのである。

覚心の持ち帰った製法こそ、堀河屋のモノづくりの原点。原料となる北海道産丸大豆の煮蒸しから、醤油の火入れまで、大きな鉄鍋をつかい薪火で行うこと。麹作りは機械を使わず、すべて「手麹」と呼ばれる手作業のみでおこなっているのだ。もちろん「木桶」で天然の環境で発酵を促す。まさにタイムスリップしたような時が流れていた。

この工程で私が感じたのは、特に発酵させる手法などをみると、どことなく日本酒の酒蔵に近い内容だった。それは「手作り」と、その手作りが生み出す「従順たる反復行為=ノウハウ」が蓄積されている印象を受けた。この堀河屋は10月から5月の7ヶ月で、70回もの手作業の麹作りを重ねて、今もなお日本全国にお届けしている体制を10名ばかりのスタッフで担っていることが、その商品を小売りしている自分たちも、改めて頭が下がる思いだった。

さっそく徑山寺(きんざんじ)味噌を試食させていただいた。まず大きく他の味噌とは異なる部分は、味噌の中に具材として4種類の夏野菜(瓜、ナス、紫蘇(しそ)、生姜)が入っている。味噌は、「調味料」として扱われるのが特徴で、「米、大豆、塩」が原材料ではあるが、堀河屋野村が仕込んでいる味噌は、一緒に仕込まれている4種類の野菜が肝になっている。また夏野菜ということもあり、6−8月が醸造時期であり、堀河屋野村としては「旬の味噌」を代々こしらえているのだ。

「僕らが作る味噌は、もしかしたら『熟成野菜』なのかもしれない」。そう語る野村氏の言葉と、試食した味噌の風体は、4種類の夏野菜を発酵させて生み出した熟成野菜の味わいだ。香りは香ばしく、野菜独自の甘みと酸味が感じられ、「酒のあて」「つまみ」のような感覚で、味噌本体をパクパク食べられる、愛おしい存在であり、いわゆる「天然醸造」の発酵食品だという認識を得た。

***

この発酵食品を継ぎ、続いてきた300年の歴史をどのように次の世代につないでいくのかを野村氏と話をさせていただいた。今回その話として私が感じたのは「ストーリー」と、その発酵食材を作る会社としての「経営手法」にあると感じている。

ストーリーにおいては、その「地域性」とその商材含め生まれ得る「タイミング」。廻船問屋が、そのころ「よし、味噌を作るぞ!」「この味噌が生まれると経済が変わるぞ!」というイノベーションやベンチャー気質から生まれたのではなく、「こうして感謝し、色々な人に支えられて紀州に戻ってこれた。できるだけ感謝の気持ちを忘れないように」という自然体から生まれた商材であること。そして、その気持ちを守り300年続いているという存在自体を忘れず、おごらず、手作り視点を維持しながら経営を続けていること。この2つの要素が「老舗」のポジションであり、続けていかなければならないという気質を生み出しているのだと思う。

このお店は店舗展開も数多くしないし、かといって工業化されて工場で生産されていく商品でもないと感じている。その行為が発生した場合、まったく道筋が変わり、これまでの「ストーリー」「経営」の変化に襲われるであろう。けれど、十八代目野村圭佑氏からは、その感覚は、全く感じられず、むしろその「ストーリー」と「経営手法」は間違いないプライドを感じられて頼もしく感じた。

「事業継続」「M&A」「後継者不足」。いまある事業が、次の世の中に残していく、続けていくことの重要性は、いま日本において大切なことだが、その事業を継続していく「ストーリー」と「経営手法」がどこにあるのか、ルーツはなんなのかを探り、守らなければならない。例えばブランディングという言葉もあるが、その根源は足元にあり、その事業に立ち続けようとする意思がある人間に答えがあり、新しい言葉や手法は限界があり、極論必要はないのだ。堀河屋野村で感じたこの意味は大きい。

堀河屋野村:http://www.horikawaya.com/

三ツ星醤油:http://horikawaya.ocnk.net/product-list/14

徑山寺(きんざんじ)味噌:http://horikawaya.ocnk.net/product-list/7

 

松田龍太郎

松田龍太郎

慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後企画・プロデュース業に転職ののち、2010年より株式会社oiseau(オアゾ)を立ち上げる。
主に食にまつわる事業開発・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在2019年11月1日にオープンした渋谷スクランブルスクエアB2階に、ハワイのヴィーガンカフェ人気店「PeaceCafe Hawaii」をデリスタイルに業態変更、店舗展開のお手伝いをしている。また一般社団法人日本パイ倶楽部理事を務める。
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