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光文社厳選!和食情報ナビ

食の国日本〝食〟プロデューサー 松田龍太郎ブログ

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第61回

「食べるモノ」と「食べるコト」のつながり。

第48回のFoodnia Japan blogで、2018年度青森県との取り組みとして、あおもり健康志向スイーツプロジェクトが発足したことをお伝えしましたが、ようやく形が見えてきましたので、ご報告です!

これまでのあおもり健康志向スイーツプロジェクトは、「からだにやさしい、ごほうびスイーツ(以下ごほうびスイーツ)」というネーミングに生まれ変わりました。

私たちは、本プロジェクトに参加した事業者とともに、「お菓子は幸せなひと時を与えてくれるもの」「笑顔にしてくれるもの」だということを共有してまいりました。そのため、甘いものが好きだが「病気を抱え、甘いものを諦めなければならない人」、「ダイエットが気になって、甘いものを我慢している人」をプロジェクトからできるだけ排除せず、その人たちのニーズにもどのように応えていくかを課題として取り組みました。

お菓子が与える幸せを、多くの人に届けたい。そのため、ごほうびスイーツは、「健康を意識したお菓子」に特化し、原材料や作り方を変えたり、素材の良さを活かす工夫を凝らし、お菓子を我慢していた人にも、お菓子が大好きな人同様に満足していただけるようなお菓子を提供することをポイントにしました。それが、僕らの考える「最大限の、体に与えるごほうびスイーツ」なのです。製造工場のメンバーやパティシエたちのノウハウやスキルを元に、それぞれの社風や特徴を活かしたスイーツを提供することにしました。

スイーツを作るキーワードは4つ。「いつでも」「だれでも」「おいしく笑顔」「あおもりらしく」です。

「いつでも」は、毎日食べてもOK、さまざまな生活シーンや用途で、時間帯を問わず楽しんでいただけること。例えば、間食や深夜に、罪悪感なく甘いひとときを楽しめるよう、カロリーや糖質を従来の商品から見直してみる。いかに手軽に食べていただくかがポイント。次に、「だれでも」は、食事制限がある方、ダイエットや美容が気になる方、アレルギー体質の方などに対して「安全・安心」を意識したもの。従来よりも糖質やカロリーを控えた商品づくりや、素材を意識した商品づくりに取り組み、食物アレルギー特定原材料を含まない商品づくりにスポットを当てます。そして「おいしく笑顔」は、年代にこだわらず、自分の舌に馴染んできた味をずっと楽しんでいただけるような工夫や、お菓子が大好きな人たちが満足する商品づくりに取り組み、食べた方に笑顔を作る想いを持つこと。小さい頃に食べたお菓子が、いまもなお現代に残り、人々に懐かしさを醸し出し、「また食べたい」と思う気持ちを、作り手に持ってもらいたい。最後に「あおもりらしく」は、青森県にある食材や伝統的な食文化を特長として活かし、自分たちの商品に自信を持って誇らしく「青森らしさ」を表現してほしいというメッセージを込めて、今の商品に取り組んでほしいし、食べた人にも是非、他の都道府県にはない「青森らしさを食べて」感じてほしいと願うものです。

実はこの4つのキーワードに込められた想いの中心は「食べるモノ」と「食べるコト」をどう繋げていくかを「言葉化」した、ということです。みなさん、次の写真は、なんの写真でしょうか?

通常であれば「いちご」の写真です。けれど、商品を買う人は「いちご」以上に「どんなブランドか」という商品が発する「情報」を見ています。「あまおう」なのか「とちおとめ」なのか。「いちご」と表現するより、「ブランド名」がはっきりしたものを、お客様は選びます。今回のごほうびスイーツも、「低カロリーシュークリーム」よりは「ごほうび 糖質ゼロシュークリーム」の方が、「ごほうびスイーツ」を冠とした商品としてより明確となり、お客様も「これがごほうびスイーツのラインナップなんだな」ということがわかります。ものすごく単純なことなのですが、この「小さなヒント」を見逃す事業者が少なくありません。お客さまが見ているのは「低カロリー」ではなく「糖質ゼロ」という言葉です。

今回、このプロジェクトに賛同して、事業に参加するのは10社の事業者さんたちです。自営業のお菓子屋さんから、海外に展開するお菓子業者まで、非常に示唆に富んだ提案が多く、僕らも勉強になりました。そしてその事業さんに伝えたことは「情報の伝わり方のデザイン」です。事業者さんにはノウハウとスキルはある。けれど、消費者に伝える情報のデザインの仕方に、ヒントを与えてあげることで、これまでよりも商品が販売しやすくなるはずです。

「ぜひ食べてみてください!」ではなく「お、ほしい!!」という気持ちにさせなければならない。「おいしさ」「品質」「うまみ」ではなく、その商品と合わせて食べるもの、その商品を使うレシピ、その商品に合わせる調味料を思いうかべるようにする。ここに商いの基本があると思います。もっというと「食べるシーン」を思い浮かべられるか。ここが「食べるコト」の基本です。

さて、ごほうびスイーツは、2月24日に、青森県知事とともに発表会を青森で実施します。発表してからもさらに事業者同士で切磋琢磨し、より「ごほうび」に近づけるように、皆様の食卓に届くように、引き続きプロデュースしていきたいと思います!

 

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
http://www.oiseau.co.jp

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第60回

日本のお味噌、北海道のお味噌を世界へ!

正月も明け、大寒が近づく一月中旬。私は、4年ぶりの中国・上海に足を運んだ。

実は、先日blogにも書かせていただいたが、「新潟清酒(にいがたせいしゅ)」と呼ばれる地域団体商標のほかにもう一つ、「北海道味噌」を海外に販路展開していくプロジェクトを、日本貿易振興機構(以下JETRO)のお仕事として、合わせて取り組ませていただいております。

「北海道味噌」という地域商品、皆さんはご存知でしょうか? 北海道といえば、海の幸、山の幸が豊富で、「おいしい名前の都道府県」としても有名であり、また「味噌」という部分でいえば、言わずと知れた「味噌ラーメン」といった普遍性の高いものから「ちゃんちゃん焼き」といった郷土料理まで幅広く活用された調味料と言えるでしょう。とはいえ、信州味噌や八丁味噌のように、「とんがり」を持った特徴的な味噌ということではなく、むしろ「クセがなく、誰にでも愛される味噌」であり、いわば「日本の味噌の中でも『スタンダードな味噌』」と言えるのかもしれません。

今回のお仕事を頂いた時に、「北海道味噌」のブランドづくりにおいて、北海道味噌についての歴史から、その背景に至るまで調べさせていただきました。北海道は明治時代に大きく「開拓」という活動が起こり、日本全国から多くの人が、北海道という新しい土地に夢や希望を持ち、訪れ開発した経緯があります。その際に、その開拓の糧となる食材として、お米とともに欠かせなかったものとして、多くの地域の味噌が津軽海峡をわたり、時間をかけて「北海道らしい」新たな味噌が生まれたと言われております。

そして、北海道らしく、その雄大な自然から、多くの生産量を生み出し、そこから主に業務用・大量消費向けの商品としても販路を拡大、今は、日本の味噌業界においても、おおよそ22事業者の味噌企業があり成長しているのです。

しかしその北海道味噌も、今転機を迎えております。北海道の、新千歳空港を軸に、多くの外国人、特にアジア系の観光客、そしてビジネスマンが訪れるようになりました。東京などの都会とは異なり、大自然に囲まれた上、空気や水がうまく、それでいて食事がうまい国の都市は、アジアでもそんなに多くはありません。また、冬という季節も大人気で、雪が降ることはもちろん、ニセコなどをはじめとしたスキー場の、インバウンド向けの宿泊施設や飲食店も流行っており、観光客のニーズに応えはじめています。そうした中、北海道に来た外国人観光客は「北海道の食材の良さ」に気づき、それをビジネスにしたいという方も増えてきております。例えば、味噌の会社を丸ごと買い取りたい、商品を仕入れたい、ということも少なくありません。また「北海道味噌」という商品名の味噌が、国産もの(つまり中国産で作られたもの)で販売されており、ボーダー(国境)を超えた「北海道問題」が、起こりつつある現状です。

そうした状況を踏まえた上で、北海道味噌の事業者を引き連れ、中国の市場を視察していただきつつ、「本物の北海道味噌」を上海に売り込むためにはどうしたらよいのかを改めて感じてもらうために、上海に足を運んだのである。

視察内容は、少し省かせていただきますが、今回、数社の日系企業の小売販売店を視察でき、都度現地日本人担当者に対応をいただき、主に味噌の販売についての輸入状況や商品の情報、売り場の展開、マーチャンダイジングの仕組み、ターゲットとなる中国人の性格や感覚、「北海道」のネーミングバリューなどを中心にお話を聞くことができました。

今回、海外市場においての、輸入品としての「味噌」「日本食材」の、中国人による捉え方、そして中国人の「食に対する考え方」の明らかな違いに、僕は驚きつつも、非常に示唆があるきっかけが見えたと思っている。単純に「中国人はここが違う!」という差別化ではなく、「中国人とはこういうことだ!」という確固たる自信、特異点を見いだすことに近い。いずれにせよ、「中国で味噌を広める、食べてもらう」ためには「中国で味噌を食べたい・・・!!」という感情的かつ買い手のモチベーションを上げていくことが重要だ。しかし、とうとう味噌も普通に上海の小売販売店で見かけるようになった。この商品が日本を飛び出し、世界に打って出ていくことがもっと増えるし、それが「当たり前」になるということを、僕らももっと自覚して、海外と付き合っていかなければならない。そして「和食」の源の一つである「味噌」も、この時代の流れにのって、おいしい味噌を提供していかなければならないのだ。僕が前述した「日本の味噌の中でもスタンダードな味噌」と記したが、さらに「世界の味噌、北海道味噌」としてポジショニングを少しずつ作り上げていくことだと思う。まだまだ世界は広く、おいしい味噌を広げていくチャンスが迫っている。日本のお味噌、北海道味噌を世界へ!

北海道味噌醤油工業協同組合 http://www.hokmisho.or.jp/

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第59回

ニッポンの和食を、愛でる気持ち。

新年明けましておめでとうございます。

2019年平成最後の年越しが終わり、あっという間に、成人式も過ぎ去り、皆さんの日常も、普段と変わらない生活に戻られたのではないでしょうか?

私は年明けより、いくつかのプロジェクトの仕上げに入ろうと準備を進めています。まずは、この美味しそうな「おにぎり」ですが、昨年より進めている「秘境奥島根弥栄」のお米について、このお米を欲しいと思う方にすこしでも届けたいと、「美味しいお米を食べてもらうすべ」を試行錯誤しております。その中で、伝え方の一つとして僕は「おにぎり」が、一番わかりやすく、美味しく皆さんに食べていただけるのではと、自負しております。写真からも、このおにぎりの「お米の粒の明確さ」がわかると思いますが、非常にしっかりとしたお米の強さが、にぎられたおにぎりでもはっきりしています。かつ、食べた口の中に広がる、食感と味わいもまた深く、このお米を食べられた方々にも、非常に好評です。この現物にいかに近づけるか、そのまま伝えることに全力を出していくのが、僕らの仕事です。

どこの地方、場所でも「美味しいお米」が生まれているはずです。その中で、これまでも多くの、お米に関する商品展開や販促活動を僕自身、見てきました。その大半が、「お米の特徴」「お米の機能性」「お米が作られている地域」「他のお米の違い」の情報が非常に多いことに気づきました。それは「差異を際立たせる」ことであり、いかにトップか、一番美味しいかという「宣伝」だと認識しております。一方で「お米の美味しさ」「どの料理にお米が合うのか」という、いわゆる消費者目線の情報は、一般化された言語化が難しい。だからSNSやインフルエンサーによる紹介などの「見栄え」に引っ張られる広報施策が増えていて、結果、そのお米を購入したのちの、「最初の一口」を味わうのが精一杯で、二口目、三口目とご飯を口に運ぶことに、その愛おしさ、新鮮さは薄れ、「買いやすさ」を求めた消費者は、日常で身近にある小売店で販売しているお米に手を伸ばすことが少なくありません。

そんな状況から僕らは昨年このお米にまつわる企画で「おともアワード」を実践させていただきました。

[おともあってのご飯です。] https://washoku-style.jp/blog/3270

―――(引用)お米にいわゆるマーケティングやプロモーションをかけていこうとしたとき、事業者自体が、生産者でない場合は、そのお米の良さを最大限に伝えていかなければならないのだが、お米屋ではないその人たちにとっては、結構難題であることがわかる。そう、つまりお米メインの直接的な伝え方ではなく、実は伏流のような、「お米を生かしていく」方法論が必要になる。そう、僕からすると、印籠を出さない水戸黄門は「だれ、この爺さん・・?!」という考え方だ。

少し極論めいたことを書いているが、日本全国のお米のプロモーションをみていくと「伏流」の筋ではなく、本流筋で「ど直球」ばかり。そこで、僕らは「伝わり方」を考えてみることにした。お米は食べているけれども、主食というよりは、なにか「副食」のような存在にもなりうるお米、という捉え方だ。

「おともあっての、お米です。」————

実は、ここで大賞をとったご飯のおともが、某雑誌の、カテゴリ別手土産ナンバー1を受賞しました。それだけ消費者は「今」を欲しがっているのです。僕らは以前から「本流=お米の美味しさの伝え方」を議論しています。一年間という月日を通じて、その秋に収穫できる生産物がお米であり、そのお米を販売し、地域の人たちの日常を支えているのが現状です。その「日常の支え方」のなかで、私たちが標榜する「人と、食の接点をよりよくする」立場からすると、その「支え方」が「食が取るべき人の目標(しるべ)」であり、純粋に生産物の美味しさを伝えていきたいと切に感じております。

そうした考えを元に「和食スタイル」をブラッシュアップするのが2019年と捉えています。2018年、海外からの旅行者が3000万人を超えました。日本の、現場の情報を持ち帰る人、発信する人が格段に増えています。今まではローカライズ含めて、訪れた現地の人たちに与える情報に合わせて、企画内容をいかに近づけるかという対応も多かったが、これからは逆に、一切ローカライズさせずに、「現生(ゲンナマ)」の状況を、できるだけ正確に海外旅行者に伝えられるかがポイントではないかと思うのです。

例えばスマートフォンで「その場で、手軽に、すぐ、全世界に」発信するスタイルは、テレビ局の報道カメラマンの感覚に近い「取材」スタイルであり、今それが求められていて、そうした「コミュニケーション力」、「伝え方」の精度を、作り手も、発信者ももっと上げていくことで、その情報元の「価値」を見極めたい。そして、より本質を伝えていくために、いかに「ゲンナマ感」を伝える手立てを設けるか。「かっこいい」とするならば、その情報元で生まれる「新鮮さ」「特異性」「貴重さ」を愛(めで)る気持ちを、和食の文化でこそ、担い、養うべきだなと思う。

このお米の企画を、平成最後の企画のひとつとして「愛でる気持ち」を大切に、新年の第一歩を踏みたいと思う。

■秘境奥島根弥栄  http://okushimane.jp/

■参考:「愛でる」とは

① 物の美しさ・素晴らしさをほめ味わう。感嘆する。

② かわいがる。いとおしむ。

③ ほめる。感心する。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第58回

高知で生まれた大地の恵みから、得られた未来とは。

師走も半ばを過ぎた。2018年もあと少し。だが僕の国内出張は、まだまだ続いている。このままだと、12月最終週の北海道が最後になりそうだ。

(第7回「天空の郷もとやま写真コンテスト」入賞作品より転載)

さて今回の出張は、四国は高知県本山町だ。わたしが、このFoodnia Japanブログでも紹介した、島根県浜田市弥栄町で育てられているお米のブランディングにおいて、「お米の最上級を知りたい」ということもあり、今回この高知県本山町で作られている「天空の郷(てんくうのさと)」というブランド米を作っている場所と活動を知っておきたかったのだ。

四国山系の中央に位置する高峻の地「本山町」。我々は、香川県から乗り込み、車で1時間半。トンネルをいくつか抜け、吉野川の上流を登り、ようやくたどり着いた。そこは、山地の盆地。平野はなく、長い年月をかけ、切り開かれた水田が現在まで大切に守られ、農業文化と共に伝承されてきた土地だった。当時の形状そのままで、棚田の性質上、作業効率は決して良くなく、必ずしも最適の土地とは言えない。

しかし、その土地に備わっている吉野川を源に水路確保はもちろん、250mから850mほどにまたがった標高差ある山々がもたらす寒暖差が、「霜降り」と呼ばれる特殊なお米の性質を作り上げ、さらに目をかけ、手をかけ、美味しいお米を育てる背景につながっていると聞いていた。

僕らがマークした「お米の最上級」とは、ここで作られているお米、土佐「天空の郷 にこまる」だ。日本一コンテストIN しずおか 2016 の特別最高金賞を受賞し、史上初2度目の日本一を受賞しているのだ(最近では、2度目の受賞を他の地域も受賞されたので、史上初ではなくなったが、、)。農薬や化学肥料を控えた高知県地域比5割減の特別栽培米を作り、生産者は全員エコファーマー(高知県認定)。お米の粒の大きさも「2mm」が通常で、それ以下は、ブランド米には指定されず、別銘柄に変更して販売されているとのこと。こうして作られた「天空の郷」は、そのブランドを担うことで、もっちり甘く、しっかりとした食感が口の中に広がり、また口当たりはやや固めだが、噛むほどに旨みが広がり、冷めても味が落ちない。炊き立て、おにぎりにも、素直に認めて「うまい」と言える商品に仕上がっている。それでいて、生産者への、お米の支払額も、JA金額とは雲泥の差で、更に驚いた。ビジネスとしても仕上がっている。ここまで20数年間の賜物として、生産物は裏切らないと感じた。

また、粒の大きさに限らず、毎年食味分析機により高得点のもののみ出荷し、高知ならではの「室戸海洋深層水」から「苦汁(にがり)」を作り、お米の栄養として使っている、手の込んだものだった。特にお米は、カリウムに対してマグネシウムの含有率が高いほど美味しいと言われている。「天空の郷」のお米は、栽培過程で室戸海洋深層水を使用することにより、さらに、この含有率を高めることに成功、日本一うまいお米に仕上げたのだ。

けれど、そんな彼らがぶつかっている課題は、実は「担い手不足」だった。日本一になろうが、米が売れようが「作り手がいない(もしくはいなくなる)」。僕なりに、わかっているのだけどショックだった。当初は「日本一になる為にはどうしたら良いか?」「その最高品質のお米を使った商品開発は何か?」「最先端の技術とアプローチでアウトプットのスピードを上げるにはどうすれば良いか」ということを僕は気にしていたし、そこに、僕らが応援している秘境奥島根弥栄お米の方向性を見出すきっかけを見つけたかったが、「まずは足元を見よ」だった。

売り手の活性化や、魅力的な消費者向けアプリやベンチャーがどんなに流行ろうが、「日本一のお米が手に入らなくなっている」ことが、ヒタヒタと迫っている。とても難しい課題で、単に「日本一のお米が必要か?」「お客さんが欲しいお米を作ればビジネスは回るのではないか」というものではなく、その日本一にたどり着く「工程の手間暇」が無くなることに、僕は、こわさを感じた。となれば、お米もさることながら、僕らが守ろうとしている「和食」「日本食」「食の国日本」の立ち位置はどこになるかということだ。そもそもそのスタイルが、時代と時間で「揺さ振られている」。

このお米に限らず、日本の食のトーンが変わりつつあることはご存知だろうか。美味しいお店を探し、食べることではなく、「そのお店自体をどう予約するかという仕組み」「どんな食材を集める方法があるか」「その生産者とどう繋がるか」というところに投資、人材が集まろうとしているが、その仕組み自体は実はたったここ5年の話だ。つまり「誰がイニシアチブを取れるか」というところになり、そこに価値が生まれているのだ。そのためのアプリやプラットフォームが、たくさん見受けられる。しかし、それを使いこなす消費者に必要なのは、その事業者を応援すること以上に「まず美味しいか」を説いているのだ。その問いに答えられなくなると、そのアプリやプラットフォームは、そのつど変化し、僕らの前に現れる。けれど、本気でその課題に応えていこうという人は、その時代の流行とは平行に、変わらず対応していかなければならない。お米を日本一にする方法は目の前にある。けれど、それをどうするか、どう続いて行くかがポイントなのではないかと感じる。

*****

中国で100年続く老舗は現在なんと「5件」(2017年)という事を聞いた。つまりそれまでに時代も変わり、流行も変われば、会社や企業も変わり、変化している。一方で、日本は100年以上続く企業はザラだ。今その老舗企業の世代交代の波に晒されている。サービスや企画が変わる一方で、生産者は変わらず、数十年同じ形である以上、どんなにやり方が変われど、実情は変わらない。どうやら、課題というより「問題の設定条件」に課題があるのではないかと感じる事がある。

*****

さて、Foodnia Japan。来年2019年は、少し趣を変えて、情報発信していきたいと思う。少し他者の方向性を入れながら、時にはインタビューも入れつつ、今、食に与えられた課題に対して、「和食スタイル」を2020に向けて作り上げていきたいと感じている。楽しみにして、いていただきたい。それでは皆さま、良いお年をお迎えください。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第57回

3つの「くっつかない?」摩訶不思議スイーツで忘年会。

年の瀬、大阪出張。

打ち合わせ終わり後に、今年最初の忘年会として西天満にある「香味(シャンウェイ)」に連れられて行った。ここは、日本パイ倶楽部理事でもあり、料理雑誌『あまから手帖』編集顧問、門上武司さんが予約してくださった店だ。今日はメンバーも多かったので、お店は貸し切り。お任せのコース料理を食する事になった。

香味・矢谷シェフのこだわりで、前菜からメインまで、ありとあらゆる食材がどれも美味しく、その中でも特に「油」の食材に対する使い方が絶妙で、久しぶりに美味しい中華をいただけた。

そのメニューの中で一番興味深かったのは「デザート」だった。中華の定番である「杏仁豆腐」(これも非常に美味しかったのですが)と共にできたのが、「三不粘(サンプーチャン)」だった。

みなさん、「三不粘」をご存知でしょうか?

中国語で「粘る」は「くっつく」を意味する言葉。

「三不粘」=「三つくっつかない」、つまり「皿にくっつかない」「箸にくっつかない」「歯にくっつかない」という「三つのくっつかない」中華デザートなのです。

原材料は「卵」「砂糖」「ラード」「片くり粉(おもにでんぷんを使うこともあるそうです)」だけでつくられます。レシピも極めてシンプルだが、調理の難度が高く、本場中国ですら、ほとんど提供していない、幻と呼ぶに相応しいスイーツとも言えるのです。

そんな三不粘を、大阪の忘年会でいただく事になるとはおもわず、その出来上がりまでを見させていただく事になりました。

調理の大半は、熱した中華鍋で、延々と先程の原材料を混ぜたものを炒めていくというもの。「ガッシ、ガッシ、ガッシ」と厨房で音が聞こえ、この作業がなんと10分以上続くという。

そして出来上がったのは、焦げる事もなく、ラードの香りを背負った、ピカピカの黄金色、粘質性の高いお餅のようなものだった。

すぐさま矢谷シェフは、冷めないように、三不粘をおもむろにスプーンとフォークで小分け用に切り始めていく。さすが「くっつかない」スイーツ、皿にもスプーンにも物体は粘らずに、ツルツルとした感触で、小皿にそれぞれ取り分けられていくのだ。

さてさっそく実食。カスタードクリームをそのまま温めたようなしっとりとした食感と味わい、見た目以上の甘さと、油の香りが香ばしい。これまで辛いもの、濃いものでお酒が進むメニューから、舌も驚く、さっぱりとしたデザートとして非常に興味深いものに出会ったような感じだ。そもそも「金色のお餅」という珍しく、高貴な?物体のスイーツなので出席者も驚きつつも、あっという間に皿から三不粘がなくなってしまった。

僕がこの「三不粘」を食べた瞬間「なぜサンプーチャンが生まれたのだろう」と気になって仕方がなかった。材料と調理内容については、ものすごく愚直に鍋を振り、単純だが、狙ってスイーツが作られるものでもない、ということは明らかだ。「これを開発しよう」ということでうまれたスイーツではなく、熱を使いながらも、それをうまく利用して、甘くて美味しいものに仕上がっている。まさに「摩訶不思議」。10分以上かけて中華鍋で戦う矢谷シェフを見ていると、「手間」が「価値」に繋がっているさまを見ることができた。

2018年、12月も残りわずか。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第56回

いい店は、「お客様を知っている」こと。(香港出張番外編)

さて、新潟清酒プロジェクトで香港に来ていたが、僕が香港に来た時に必ず足を運ぶ、日本食レストラン「三笠屋」がある。尖沙咀(チムサーチョイ)に場所があり、駅から徒歩5分。ビルの2階にあるそのお店は、暖簾をくぐると、店内を見張らせる場所に、きっちりと和食のカウンターが広がる。そこに魚を切りさばき、寿司をにぎる日本人、本山太一朗氏がいる。

(三笠屋)https://www.mikasaya-hk.com/ja/

僕がこのお店を知ったのは、香港にある飲食店を日本人観光客に知ってもらうメディアサイトを作っている大手企業の支店長の紹介だった。「わざわざ香港まで来て中華に有り付けないなんて!日本食かー」と、当時の僕は浅はかだったかもしれないと、いつも残念に思うわけなのですが、それ以降、香港に来るときは、いたって「日本の和食」を好むようになり、特に、ここの寿司を食べずには香港に来た気じゃなくなるのである。

最近、海外のお寿司屋が隆盛だ。特に、東京で出店していた名店が、わざわざ東京の寿司屋を閉めて、ハワイやパリ、ニューヨーク、ロンドン、そして最近では香港のようにアジアの都市を目指している人たちが増えている。商売をしていくとすれば、至極真っ当な選択だと僕は思っているのだが、さすがに美味しく作り上げる職人が、ごぞっと海外に出てしまうのは、寂しい思いもしていた。

そんな中、三笠屋を訪ね、寿司を食べてみた。物凄くうまい、うまいのである。なんら東京都心で食べる内容と遜色がなく、それでいて、海外にありきたりなもの(あえて表現するのはやめておくが)としての寿司ではない。れっきとした内容そのもので、僕以外のお客様にも非常に好評なのだ。

思わず「これは香港で手に入る食材でしょうか?」と質問したことがある。すると本山さんは「ほぼ日本からの仕入れです。僕は九州出身なので、主に九州ですが、やはりネタの良いものや、時期によっては、豊洲(新市場)から毎朝入ってきます。」と。「え?」と本気で思った。豊洲市場が、香港の目の前まで来ているのだ。僕からすると豊洲市場から徒歩10分くらいの所に住んでいるのだが(笑)、わざわざ豊洲から仕入れた新鮮な魚を、これまたわざわざ香港の寿司屋で頬張っている自分が、妙に笑えてきたのである。(普段は忙しくて豊洲市場に視察にも行けないというのは、本当に馬鹿げているなと僕はさらに思ったのだが・・。)一つ一つ丁寧に握られた寿司は、とても貴重で、僕自身、久しぶりにゆっくりと食事ができた時間だった。また、そういうお店には、良いお客さんも非常にくっついていて、場の雰囲気も明るいし、良い食事になることがほとんどだ。海外でも、僕の大好きのお店でもある。いつもありがとう、本山さん。

さて、三笠屋もさることながら、他の香港レストランもその潮流にいる。

もちろん通常に流通も発展してきており「ほぼ毎朝、日本から入荷」という流れを組めるぐらい、食材が手に入りやすくなっていることも事実だ。より市場「飲食店向けの食材流通システム」の必要性が徐々に上がってきていることを確認する。もっというと、日本ではなく、爆発的に人口が増加している国にとって、いま宅配便が発展していないが、AmazonなどがBtoBに特化し、飲食店をベースに商品流通を、日本の市場の仲卸と組みながら、食材流通させたら、これも爆発的に伸び方が変わるかもしれないと感じたのである。(すでに取り組み始めている企業もいることも確かだ)。

今年、自分の会社でも意識して「食の接点を、よりよくする」ということを謳い、プロジェクトに取り組むようにしてきた。香港の寿司屋で、自分の腕を存分に使い、お客様に最上級のおもてなしをする体制を作るために、そのサポート体制を作らなければならない。それは、単にコンサルティングではなく、もっと実務的で、もっとハードでスピードよく、感度が高くなくてはならない。日本とは全く違うステージ、そして「スピート感」を、香港にたった2年だが通っただけで感じることが多い。

お金の流れが「キャッシュレス」の時代だ。「買うことが容易(たやす)い時代」になったからこそ、「流通が容易い時代」へシフトチェンジしていく。もっというと、「モノが売れなくなっている時代」から「コトを作る時代」が加速している様相だ。良いお客さんがついているのもそれが証拠だと思う。単に良い調理人だけではなく、その調理人がサービス以外も含めた「コミュニケーション力が高いか否か」で別次元にいけると感じる。それが現在、ワールドレストラン50にあるような、シェフ主導のプロモーションが弾けている理由かもしれないと僕は思っている。

こんなお店が世界各地に増えていくことが、次の2020年代の新たなステップかもしれない。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
http://www.oiseau.co.jp

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第55回

僕らが気づかない、第一印象。

「新潟清酒(にいがたせいしゅ)」と呼ばれる地域団体商標にて、新潟の日本酒を、海外に販路展開していくプロジェクトを、日本貿易振興機構(以下JETRO)のお仕事として、昨年度より取り組ませていただいております。

2018年11月、対象国となる「中国・香港」をメインに、香港人に対して、新潟の日本酒の売り込みをかけている。今年も昨年度に続き、「生牡蠣」とペアリングさせ、「牡蠣と相性がよい新潟清酒」というプロモーションを仕掛けている。(昨年の取り組みは第38回をご覧ください)

今年のプロモーションの内容は、昨年度とは若干異なり、大きなホテルホールを扱わず、香港で実施されている「Wine & Spirits」という、主にワインやリキュールをバイヤーやディストリビューターを対象とした紹介、販売する催事に、「新潟清酒」が独自にブースをこしらえて出店。

また、昨年「ミニ酒の陣」という毎年3月に新潟県で行われている「酒の陣」の香港バージョンを開催。300人ほどのお客様がお越しになる大規模なイベントのなかのタイムスケジュールを一部、セミナー化して、白ワインの「シャブリ」、新潟の日本酒2種ほどを、生牡蠣とともに試食、そして試しながら試飲してもらうイベントが行われていたが、今年はそのセミナー部分を別の場所に切り出し、対象を「ソムリエ」といった、よりお客様に近い人たちに新潟清酒と生牡蠣の相性をわかってもらおうと、切り口を変えながら実践することにした。

特に新潟の日本酒は、日本の他の地域と比べて「辛口、いわゆるドライ」であり、かつ水の性質より口当たりが「柔らかい」のが特徴だ。最近、日本の日本酒の特徴として「香り高く」「口当たりがはっきり」「後味すっきり」ものが増えているが、「香りがほどよく」「後味がはっきり」「ずしっとする飲み口」という、明確な違いがあるとともに、濃厚でクリーミーな生牡蠣との相性も良く、またワインと比べて鉄分が1/100ということから、後味が「生臭くなくさっぱり」とした印象が、お客様にも好評のペアリングでもある。

それと今回の試みのもう一つのポイントとして、香港にある日本食レストラン「ZUMA」とタッグを組み、おおよそ1ヶ月ほど、実際に店舗で特別メニューを設け、新潟の日本酒6種と、生牡蠣をペアリングさせるプロモーションを実践した。

実は、今年8月にZUMAのドリンクディレクター、スーシェフ(いわゆる厨房のNo.2)が新潟に来訪し、実際に蔵元を訪ねて試飲、さらに食材を見て、新潟の情報をあらかじめインプット、さらに10月には、新潟の蔵元のスタッフが、実際にZUMAのホールスタッフやソムリエに対して、新潟清酒の説明と試飲を現場で実践、レクチャーしたこともあり、非常に情報量もおおく、お客様に進めやすい体制を作ることができたのである。限定した期間内で、新潟の日本酒をお客様に、生牡蠣とともにお奨めできていることが、非常に我々にとってもわかりやすい取り組みだと思っている。

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ただ、僕らが気づかない「日本酒」について、ヒアリングやアンケートの中で聞くことができた。大事な部分は割愛させていただきますが(笑)、意外だったのは「NIIGATA SAKE」を理解できない(?)ということだった。僕らは「はて?ニイガタノサケに間違い無いのだが・・」と思っていたが、中国人にとって「NIIGATA」の発音、読み方がわからず「どこのSAKE(かろうじて、日本酒は「SAKE」というイメージが定着していたのでよかったが)か?」となり、「日本酒のメーカー」「日本酒のブランド名」だと思った人も多くいたとのことだった。なるほど、新潟の〆張鶴も久保田も、どこかのメーカーやブランドが事業者とあって、1ブランドに見えていたのは意外というか、日本酒を初めて体験する人たちにとっては、確かにわからないかもしれない。

例えば僕らも逆に、フランス産のワインで「シャルドネ」や、それこそ「シャブリ」という形でカナをふって読ませているが、それはあくまでも「日本人がわかるように日本語を添えた」のであって、「新潟清酒」を「中国語」や「韓国語」として読ませやすいように情報を編集することまでは(特に地域団体商標のようなブランド名までは)気が回らない。ましてや、その「地域団体商標を登録すること」からスタートして成り立つプロジェクトやプロモーションなので、それはそれで今後の対策なんだろうなと、改めて実感したのである。まさに「第一印象」で、どんな風に見えているのか、海外においてはとても大切なことだ。

しかし、こうした新潟清酒の取り組みは、海外において非常に好感を持てると僕は思っている。特に地域における特産品や嗜好品を海外展開する際には、それこそ単発イベントや1−2年の短期間でのプロモーションは、正直難しい。特に催事などは、接点が極めて細いので、情報の伝達が狭い。また街角イベントも大々的に実施しているところもあるが、これもかなりの「レア」なプロモーションだと思う。そんな中、新潟清酒は、こうした取り組みを10年前から現地に入り込み、6年連続で「ミニ酒の陣」や各蔵元が出張って30社近く、地元の消費者やディストリビューターを相手に「戦っている様」は、僕自身も勉強になる。

来年も引き続き「生牡蠣」をポイントに持ってくるが、3年目のステップとして、より食や提供場所なども議論に入れつつ、新潟清酒の展開幅を作っていきたいと思う。本当に、新潟の日本酒が好きになってくる自分が、これもまた楽しい。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
http://www.oiseau.co.jp

Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第54回

本気と挑むには、30年が必要だ。

線路の段差に微かに揺さぶられながら、空を流れる雲をうっすらと見つつ、帰りの寝台列車の中で、今日のことを思い出している。

僕が乗り込んだ列車は、島根県出雲市駅を出発し、12時間かけて、東京に向かう寝台列車「サンライズ出雲」だ。今回は島根県からご依頼を受け、農業をはじめ、島根県で新たな産業に取り組む若手や担い手を育成する事業の一環で、島根県大田市にある「石見銀山生活文化研究所」という会場に足を運び、講演会を実施、その帰途だった。

通常地方出張は、場所によっては往復飛行機なのだが、さすが出雲、「神在月(かみありつき)」ということで、出雲大社をはじめ観光のまっさかり。まったく飛行機の予約が取れず(苦笑)、さすがに困っていたら、島根県庁の方からのご紹介で、「サンライズ出雲はいかがでしょうか?」と。おもわず予約し、乗車した。さすがに寝台列車自体は、僕の高校生時代、青森から京都にかけて修学旅行の旅程で使って以来なので、25年ぶりとなる。日本の寝台列車も、高級旅行寝台車以外の、ビジネス・観光向けの寝台列車はだいぶ少なくなり、ちょっと目新しい。ふと車窓から外を覗くと、まるで地方のビジネスホテルが移動しているかのような感覚で、夜中から夜明けまでの時間を、時折目覚めながら、一路、東京に向かっていた。

実は行きの列車もサンライズ出雲だった。昨日東京から出雲市に着いたのが、翌朝11時過ぎ。そこから大田市に小1時間、車で移動して着いたのが石見銀山だった。石見銀山は、島根県大田市にある、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)だ。最盛期に日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定されるが、当銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとされている、2007年に登録された世界遺産でもある。

今回、講演会をした場所は「石見銀山生活文化研究所」だ。この研究所を興し、運営しているのが、松場大吉さんとその奥様、登美さんだ。ちょうど20年前、1988年のこの場所に「群言堂(ぐんげんどう)」というショップをこしらえたそうだ。「群言堂」の名の意味は、「みんなでワイワイ発言しながら、よい流れをつくっていくこと」。彼らは、アパレル商品を軸に事業を展開しながら、銀座の真ん中の通り周辺の古民家を宿やお店にコンバージョンし、食のお店などをつくったりしつつ、現在では、東京を含め、数十店舗へ自社商品を卸すまでに成長。全国各地からスタッフも集まり、みなこの石見銀山がある大森町に住みながら、盛り上げている。

少しばかり、今回講演会に参加したみなさんと、彼らが運営している店やオフィスを見学させていただいたが、彼が丁寧に自分たちの暮らしを綴る印象をうけ、そこで使うもの、置いてあるものすべてに「意図」を感じた。こうした意図を丁寧に表現し、世界遺産である石見銀山に集客し、自分たちのビジネスにつなげ展開しているさまは、地域おこしのひとつの「成果」だと思う。実は僕自身こうした成果は「企画」ではできない、と感じている。

僕が考える「企画」は、言葉を変えると「サービス」だ。そのサービスは「消費者」と「商品」をつなぎ合わせる「糸」であり「場所」であり「商品」であり、そのサービスを成し遂げるためには、ベストマッチングな「市場(以下マーケット)」を必ず存在させるのが必須だ。そしてそのマーケットは、その企画者に対して「どんな商い」をもたらすのか。もう少し言うと、「どんな暮らし、生き方をもたらすのか」というところにつながっている。最近、その企画の「道筋の長さ」を課題に、取り組み始めている。

今回の講演会のテーマは「多業化」。現在、島根では、お米農家も多く、新規就農の多くは、お米農家がほとんどだ。その中でお米を縁故米(親戚や知り合いの農家の方から直接送ってもらう無償のお米)だけで扱うわけにいかず、JA や小売店に卸したりなどして、生計を立てているのが現状だ。そうした中「お米」という農業を鑑みた場合、お米を作ることだけではなく、お米の加工をして、別の商品を作り上げるなどの六次化産業の仕組みを作ったり、マーケットイン(商品の企画開発や生産において消費者のニーズを重視する方法)を用いて、単に既存米を作るのではなく、その商品のために必要なお米(例えば、低アミロース米ではなく、商品によって、高アミロース米を生産することに変更するなどして販売)を作り上げるような試みが行われている。もちろんお米に限らず、「デザイン」「IT」などの別事業を持ちつつ生計を図っている事業者や地域も増えつつある。現代の人口減少、高齢化がすすむ地方農家においては「お米だけでは成り立たない(もしくは成り立たなくなる)社会」を意識して、今後5年、10年の自分の農業や生業を作り始めていかなければ、「担い手」が育たないのでは?というフォーカスを持ちはじめているタイミングになってきている。だから「多くの業を持ちうること」が、生きていくための必須スキルだと思う。これは、今の都会に住む、もしくは暮らす人たちが持ちうる技であり、そうした都会の人間が地域再生に取り組む様子が増えているのも納得がいく。

そうした中、弊社や石見銀山生活文化研究所のような時間(とき)をかけながらも新たな試みを生み出し、成り立たせる企業が、地域でヒントが得られないかと、盛り上がり始めているのも実情だ。人と食の接点を、より良くするというコンセプトで弊社は経営しているが、どんな「食の接点を作るか」だけではなく、食の接点との「出会い方」「導き方」といった流れ(ストーリー)を意識していかなければならないと感じ始めている。

特に、地方が都会との接点が多くなると、作り手の生産者と、消費者の距離感が大切で、新たな事業のスタートは、そうしたところに生まれると感じている。この消費者と商品(作り手含め)の間を取り持つ企画はなんだろうかと、日々考えているなかで、石見銀山生活文化研究所の成り立ちは参考になると感じた。

一つの事業が生まれ、そこにスタッフが集まり、事業を成り立たせるビジネスをつくれば、一つの「集落」を生み出し、それがモデルとなって、世界各地に発信されるさまは、「30年(=One Generation/一世代)」というのが、最適なスピードだと感じている。そしてそれは、一つの個人の力ではなく、組織のあり方、お金の使い方にポイントがあるのではないかと思う。石見銀山生活文化研究所の活動を真似するのは非常に大変だし、同じものは生まれないと思うが、彼らの「姿勢」を見習うべきだと、僕は思う。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第53回

100年後の、食卓のセッティング。

ご存知の方もいると思うが、現在、地域活性化のプロジェクトとして「農泊(のうはく)」が盛んである。この農泊は、簡単にいうと、農業を営んでいる事業者のご自宅(あるいは宿泊場所)に泊まり、短期で、その事業者の農作業を体験する旅のことである。主に、お米や野菜の収穫、また牛の世話や魚の漁をするための準備作業などの日々のこと、さらにせっかく宿泊いただいたお客様にとって、有意義な時間を過ごしてもらいたいと、事業者たちはわざわざ普段ではできないような体験や作業を経験できるようになっている。最近では、国の施策として、村や町、果ては市や県も「農泊体験プログラム」を実施するようになり、その体験の裏には「移住・定住」「事業継承」「外国人対応のインバウンド」といった目的も生まれているようだ。実際に、農泊体験プログラムに参加した人たちは、「まずはそうした農業を見てみたい、知ってみたい、体験してみたい」から始まり、そこで収穫したものを一緒に食べ、その地域の食文化や歴史に触れる、今までの観光旅行とは違うタイプの旅行を経験することに、主を持っている印象だ。

特に、農泊については「食」の接点をどこに作るかということが大切で、私たちもいくつかの地域の「農泊体験プログラム」における事業作り、そのプログラムに参加していただけるように、その事業を知ってもらうツール作りや、メディアへの発信を実施している。

その農泊体験プログラムについて、私たちがお手伝いをしている「大人の酪農 体験プログラム(仮)」を事前体験すべく、北海道・十勝平野は、帯広に向かった。

そのプログラム構築者はDさん。Dさんは現在都内でお米屋を営んでいるが、実は帯広畜産大学を卒業した、根っからの畜産系の人物。今回は、酪農家に宿泊体験していただき、「牛の世話を通じて、命の大切さを感じて欲しい」ということから、この農泊体験プログラムを企画したのだ。なかなか壮大なテーマで、当初僕もどんな風なら、わざわざ帯広まで人を集め、酪農体験をさせるられるかを悩んでいた。

そのDさんの紹介の元、今回、お邪魔させていただいた酪農家は、「i(あい)ふぁーむ」さんだ。この牧場を営んでいるのは岩谷史人さん。岩谷さんは、もともと出身は関西の方で、帯広に住み着いたのはかれこれ30年前。きっかけは、滋賀県のJAが経営している帯広の牧場に興味を抱き、大学卒業後、その牧場で働きたいと入社。そこから「北海道」「帯広」「牛」を通じて、自らが営む牧場へと昇華、現在、通常業務の傍ら、ご自身独自で農泊体験プログラムを実施、中高生の子どもたちに酪農作業を体験させるなどの研修旅行を受け入れるなど、積極的に酪農のいまを伝えようとしている。

僕も、到着したその場でまずは「つなぎ」に着替え、手を洗い、岩谷さんご挨拶、10分ほどの牛についての説明を受けた後、「では早速一緒に作業に入ってもらいます」といって、連れられていったのは、牛舎(ここまで20分くらいか)。あっという間に、酪農のど真ん中に。その牛舎では、すでに機械化された乳搾り器具が6台運転されていて、60頭ばかりいる乳牛の乳搾りが、1頭あたり平均20リットルほどの、その牛から本日搾ることができる量を目安に、1日に2回行われている現場であり、実は僕自身、手を使った乳搾りはあるけれども(人生で1〜2回、1分もかからない程度の経験…)、こうした「実践現場」に入ること自体初めてだった。初めての作業だったが、60頭いる牛たちの性格、現在の状況、対応の仕方などを非常に丁寧に、そして細かく岩谷さんに指導を受けたのが、大変貴重な経験だったと思う。最初は牛の身体がでかすぎで、少しビビっていたが、だんだん可愛く見えてくるのはなぜだろうか(苦笑)

この搾らせていただいた岩谷さんの牛乳(正確にはまだ商品化されていないので「生乳」と言える)は、地域で農協に一箇所に回収され、それが一つの牛乳として製品化され、最終的に僕たちの食卓の上に商品として、販売・流通されていくものになる。しかし、この過程は一般的に考えて、衛生的観点からも、僕らのような素人が「農泊体験」という体験を通じて参加できるものでは、通常ありえないと思う。そのために僕らの衛生面やそれに対するフォローは厳しく教えてくださり、その一つ一つの作業の意味と意図がわかりやすく伝わってくる。また牛60頭を全頭乳搾りしきるのに早くて1時間半、それを1日2回、朝の5時と午後4時を毎日実施。それ以外は餌をやり、掃除をし、運営している30年という時間の流れが、非常に貴重だということが、じわっと作業を通じて感じられる。

また、「ごはん」の時間と言える、朝・昼・夜の3度の飯は、「ホルスタインと和牛の食べ比べ」「牛乳(無調整、低脂肪などの加工違いによる)の飲み比べ」「牛乳を使った食材作り(バター、アイスなどなど)」も散りばめられていて、これまた非常に中身が濃いプログラムになっている。僕も部位の食べ比べは仕事上あったが、特に牛乳の飲み比べ(脂肪の度合いなど)は、意図して飲み比べると、かなり貴重だ。

しかし、この作業含め、どれも一つ一つが、その酪農家の「1日」であり、その場所・環境においては、いたって「普段の生活」と言って良いと思う。そしてこの普段の生活が、日本の自給率を上げ、スーパーの棚に牛乳がなくならないように納品し、喉が渇いた子どもたちに、冷たいミルクアイスを提供している様であり、礎を担っていることを垣間見ることができ、単なる「農泊体験」ではなく、僕が岩谷さんご夫妻から、示唆に富んだ体験やそれに通じる話を聞くことで、感じることが多々あった。ここでは書ききれないので、ぜひツアーを体験してもらいたいと思うが、僕自身、非常に思うことがあった宿泊だった。

作るものは変われど、接する問題は変わらない。

もちろん酪農家だからというわけではない。お米農家も、酒蔵も、漁師も、こうした「日々の生活」の延長線上に、都市部に住む僕らの食卓を支え、「食べていくこと」に接点を作り上げるための努力と「セッティング」をしているのだ。このセッティングが成り立たないと、スーパーも八百屋も、酒屋も都市部では成り立たない。

いま、地域では「作り手」を失い始めている。岩谷さんらの活動は、あと何年続いていくのか、それこそ、お金に変えられない「資産」であり「宝」だ。そのための「農泊」という一つのプログラムが走り、その「問題」に都市部の人たちに「気づきを与えるきっかけ」を作ろうとしている。すぐに移住定住ができるわけでもないし、外国人の全てが、「素晴らしい」と気づきつつも、その次の日からリピーターになってもらうことは困難だ。では何からその宿泊に参加するひとが変わるきっかけになるだろうか。それは商品の買い方、料理の作り方、保存の仕方、そして食の捨て方だ。物量の供給は、需要がなければ始まらない。都市部の需要は、地域に人がいなくなればなるほど反比例的に増えていき、美味しい食事を提供する料理人も増えていくだろうが、それは問題解決になっていない。生産者は増えないということを考えれば、減少していくなかでの「需要の作り方」が重要になってくるのではないだろうか。2018年は特に自然災害が多かった日本。北海道も地震があり、停電があったが、1、2日停電するだけで自給率が1%下がる結果も判明している。40%以下の自給率の、この日本がどんな「食の国」にならざるを得ないのか、非常に大事な課題だと思う。

「食卓のセッティング」。

僕らはこれから100年、どんな食卓にしていきたいのだろうか。

どんな食事をしていくべきか。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
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Foodnia Japan 食の国 日本 連載 第52回

6つの粉の違い。パイの奥深さ。

今日は僕が共同代表をしております、「日本パイ倶楽部」の話をします。

2015年5月に立ち上がった一般社団法人日本パイ倶楽部。組織も4年目を迎え、百貨店催事やイベントの他に、もっとファンの皆さんに、パイのことを深く知ってもらおうと、法人様、個人様向けに特別イベントを開くようになりました。そのイベントは「パイミーティング」と言います。2018年4月に大阪で、この9月に東京で開催されました。

そのミーティングでは、理事を含めて、様々なプレゼンテーション、試食会をさせていただいておりますが、今回東京で行われたミーティングで、法人会員としてサポートいただいている日本製粉さんのプレゼンテーションが興味深かったので、ぜひご紹介させてください。

さてパイを作るには、当たり前に「小麦粉」が必要です。そこに水とバター、塩を用いて練りこみ、それを焼き上げて、いろんなパイが仕上がります。その小麦粉ですが、日本製粉さんが作っている商品の一つです。

もともと原材料の小麦は、90%弱が海外からの輸入。それらは「パン」や「麺」に使う硬質小麦と、「お菓子」や「天ぷら」に使う軟質小麦に二分されます。また、硬質小麦はタンパク質が多いので「強力粉」、タンパク質が少ない軟質小麦は「薄力粉」というように、小麦粉に含まれるタンパク質の量の違いが、強力・中力・薄力粉の違いを生み出し、用途の違いを生み出すことが特徴的です。

そこで今回、日本製粉さんが、小麦粉の違いを参加者にわかってもらうために、特別に、6つのパイ生地を食べ比べてもらう試食会を開催されました。さっそく①〜⑥まで順番にいただきます。

まず、①は「イーグル」と「ハート」をそれぞれ50:50の比率で、イーグルは「強力粉」、ハートは「薄力粉」を混ぜ合わせたもの。かなりベーシックです。

②は「クラシック」というもので、これは日本・北海道産100%の小麦。味わいも非常に日本受けするもので、参加者にも人気でした!

③は「メルベイユ」。クラシックとは逆に、フランス産100%。北海道産とは違い、香りがたち、フランスのお菓子屋さんから料理屋まで「なんでも使える万能パイ生地」と言われる素材です。これは美味しい!

④は、一番パイの膨らみが薄いのですが、薄力粉100%、「ハート」です。

⑤は、その逆、ふっくらと膨らんでいるのが強力粉100%「イーグル」です。

この④⑤は、まさに太陽と月。正反対の生地です。特にイーグルは「水に負けない」パイ生地であるので、料理に強いパイ生地だそうです。実は僕は⑤のイーグルが一番好きでした!まさにサクサクフワフワが特徴です。

最後に⑥は、そのイーグルに「マルコポーロ」と呼ばれるパスタなどに使う小麦が入っており、他の5つとは、食感が違い、少しモチモチ感がありました。

こうして食べると「小麦粉の違い」でパイの味わいが全く異なる。そして、その小麦の調合の仕方で各社さんがしのぎを削って、お客様に提供しているという話を聞くにつれて、僕たちが「見過ごしてしまいそうな部分」で、実は「美味しさにたどり着くコツ」を届けてくれるのだなと、感じます。

もちろんパイには役割があります。「器」として、「料理の一部」として、「温度や香りを閉じ込める」ものとして、私たちの食環境に大きく関わってきています。そして一つのテーマを彫り始めると、その一つ一つの素材から情報が入り、一つの商材が生まれていきます。この旨さにたどり着くコツを知り始めていくと、私たちの食の接点が増えて、環境が広がっていくのです。

新しいパイの可能性は、新しい風景を見せてくれます。

やっぱり、パイは面白い、いや美味しい、楽しいんだ。

6つの小麦の違いでパイの奥深さを知る。

松田龍太郎

松田龍太郎

1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。
報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュース業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。
積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋 を展開中。
http://www.oiseau.co.jp