和食STYLE

日本名産紀行 柘いつか 第25回 瑞泉酒造の泡盛「御酒(うさき)」

作家/旅行作家 柘いつか – Itsuka Tsuge –

約600年もの歴史を持つ泡盛のルーツ
沖縄旅行で毎晩民謡酒場に行き、注文するのは様々な泡盛です。するとテンションも上がり、皆が踊り出します。前回の来沖では、泡盛バーで泡盛王子の解説まで聞きました。

その昔、全ての泡盛は『御酒(うさき)』と呼ばれていました。
瑞泉酒造㈱は、明治20 年(1887 年)創業。 その昔、琉球王府は高い品質を保持するため、 首里三箇のひとつである崎山の焼酎職を始祖に持つ、長い歴史を誇る泡盛・古酒の伝統を受け継ぐ蔵元です。
かつて首里城内の第二門に登る石段途中に、こんこんと湧き出る泉があり、正式名が「瑞泉」でした。崎山の焼酎職の家の三男に生まれた喜屋武氏は、この清らかな泉のように清冽で芳醇な酒造りをめざし、 また伝統ある泡盛造りがますます発展し、代々永く受け継がれていくように願い、この泉にちなんで銘柄に“瑞泉”と命名したといわれています。

大戦の戦火をまぬがれ、脈々と生き続けた幻の菌
沖縄戦はとても激しい地上戦で、「首里」の町は壊滅状態に。その際に、泡盛造りに必要な黒こうじ菌も壊滅したと思われていました。しかし奇跡が起こります。東京大学のの故・坂口謹一郎博士が、沖縄の68の酒造所をめぐり、約620株の黒こうじ菌を研究所に持ち帰っており、東京空襲の際には、その菌を疎開させ保管。奇跡的にわずかな株が残されていたそうです。

そして、沖縄に里帰りしたのが1998年。幻の泡盛『御酒(うさき)』は、戦前の黒こうじ菌により奇跡的に発酵に成功し、復活しました。
そこから始まった幻の菌での泡盛造り。シャーレ培養実験の結果、一度は酒造りが困難で「できる確率は半分あるかないかという状態」と判定された瑞泉菌。望みが薄い中、お米を使っての種こうじ造りでは、見事、真っ黒な胞子をつけ、酒造りに適当との判断がされました。

杜氏たちの熱い思いと苦労で復活した戦前の黒こうじ菌
通常22~28度で行う発酵を、瑞泉菌はとても繊細なため、能力を最大限引き出すため超低温17度~22度で発酵。過酷で繊細な作業を経てできた「もろみ」から甘い果実香が漂った時は一同が涙したそうです。

御酒は、普段の泡盛造りとは異なる工程や手造りでの麹造りに取り組んでいます。
1.洗米・浸漬
2.蒸米
3.製麹
4.仕込み
できあがった麹に水と酵母を加え「もろみ」を作って発酵させます。黒麹菌が作ったブドウ糖を、酵母が発酵作用でアルコールに変えます。 仕込みから約2週間でアルコール度数が18度~19度にまでなります。
5.蒸留
6.貯蔵・熟成
できたての泡盛原酒は、44度に加水調整して貯蔵タンクおよび甕で熟成させます。 時とともに、香り高く、まろみを帯びた泡盛独特の味わいへと変化し、1年ほどで製品として出荷されます。

その白梅香にも似た果実のような芳香な香りとまろやかでクリアな飲み口は、独自の低温発酵と通風製麹法によるものです。

雑味のないすっきりとしたクリアな飲み口に、果実のような甘いフルーティーな香りを漂わせる泡盛に仕上がっています。

まずはじっくりストレートで、水割りや炭酸もおすすめです。泡盛ファンなら一度は味わ ってみたいブランドです。

柘いつか – Itsuka Tsuge –

作家。東京都生まれ。
世界50カ国以上を訪れ、各界に多彩な人脈を持つ。ムーミン谷で人生初のトカイナカ(都会田舎)暮らしを始め、日本の良さを再認識している。
『一流のサービスを受ける人になる方法 極(きわみ)』(光文社)が好評発売中。ベストセラーとなった『別れたほうがイイ男 手放してはいけないイイ男』『成功する男はみな、非情である。』はアジア各国で翻訳された。『月刊パセオフラメンコ10月号』にエッセイ掲載。
https://itsuka-k.com