和食STYLE

豆腐百珍のすべて 22 尋常品 松重ねとうふ

時代小説家/江戸料理・文化研究家 ⾞ 浮代(くるま うきよ)



【⾖腐百珍とは】
天明2(1782)年5月に刊行され、大ベストセラーになった江戸時代のレシピ本。豆腐料理だけを100品、6段階に分けて紹介するという斬新さで話題に。大根、卵、鯛、蒟蒻といった百珍ブームのきかっけとなり、『豆腐百珍続篇』『豆腐百珍餘録』も刊行された。

一見高貴なお菓子にも見える『松重ね豆腐』。
すり潰して、卵白をつなぎに混ぜた豆腐の上に、水で戻した水前寺紫菜(すいぜんじのり)を重ねて蒸した、豆腐料理の一種です。

水前寺紫菜と聞いて、ピンと来る方はそう多くはいらっしゃらないと思います。『豆腐百珍』の原文にこう書かれており、学術名もスイゼンジノリで登記されていますが、現在はほとんどこの名で出回ってはいません。

別名を「川茸(かわだけ)」、あるいは「川苔(かわのり)」ともいい、太古から日本で生息していた藍藻(らんそう)の一種で、原産地は熊本市の水前寺公園近くの上江津湖。水前寺紫菜が生息する湖の一部は国の天然記念物でしたが、現在は絶滅し、福岡県朝倉市の黄金川で養殖されるのみとなっています。

こちらの養殖の歴史は長く、1763年(宝暦13年)3月、筑前国下座郡屋永村(現・福岡県朝倉市屋永)に住む遠藤幸左衛門共易が、黄金川で青紫色をした苔を見つけ、食べてみたところ「香味雅淡なるを以って必ず用うる処あるべし」と商品化に努めたことに始まります。

「川茸」と名付けられた水前寺紫菜を、二代目が紙状に乾燥させることに成功。巻物風に加工し、秋月藩主に献上したところたいそう喜ばれ、『寿泉台(じゅせんだい)』という商品名を賜ったのだそうです。

寿泉台は幕府の献上品にもなり、黄金川と「川茸」は現在に至るまで、遠藤家によって大切に守られ、高級食材として販売されています(遠藤金川堂の歴史より)。

乾燥苔である『寿泉台』は、通常の海苔と違って、戻すと3〜5mm幅にも膨れ上がるため、『松重ね豆腐』はその特性を生かした料理と言えるでしょう。

ちなみに水前寺紫菜は、多数の細胞が寒天質基質に包まれているため、現在は基礎化粧品の保湿原料として、中国で生産されています。

■松重ねとうふ レシピ
【材料】
焼き海苔…2枚
※水前寺紫菜(川茸)は入手困難なため、海苔で代用
酒…50ml
木綿豆腐…1/2丁
卵白…1個分
小麦粉…少々

【作り⽅】
1. 水切りした木綿豆腐をすり鉢でよくすり、溶いた卵白を少しずつ加えながらよく混ぜる。
2. 焼き海苔をちぎって耐熱ボウルに入れ、酒を加えてレンジで30秒から1分加熱し、よく練ったものを、型に流し込む。
3. 2に、小麦粉を茶漉しで均等にふりかけ、倍の厚みになるよう、1を流し込む。
4. 蒸し器に入れて、中火で15分程度蒸し、自然に冷ましてからお好みの形に切り、好みの味付けでいただく。

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⾞ 浮代
(くるま うきよ)

時代小説家/江戸料理・文化研究家。
江戸時代の料理の研究、再現(1200種類以上)と、江戸文化に関する講演、NHK『チコちゃんに叱られる!』『美の壷』『知恵泉』等のTV出演や、TBSラジオのレギュラーも。
著書に『江戸っ子の食養生』(ワニブックスPLUS新書)、『免疫力を高める最強の浅漬け』(マキノ出版)など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。7月30日に新刊『発酵食品でつくるシンプル養生レシピ』(東京書籍)発売。
http://kurumaukiyo.com