豆腐百珍のすべて 18 尋常品 しき味曾とうふ
時代小説家/江戸料理・文化研究家 ⾞ 浮代(くるま うきよ)
【⾖腐百珍とは】
天明2(1782)年5月に刊行され、大ベストセラーになった江戸時代のレシピ本。豆腐料理だけを100品、6段階に分けて紹介するという斬新さで話題に。大根、卵、鯛、蒟蒻といった百珍ブームのきかっけとなり、『豆腐百珍続篇』『豆腐百珍餘録』も刊行された。
18番『しき味曾とうふ』は本書には珍しく、おぼろ豆腐が使われた料理です。通品29番に、『おぼろ豆腐』そのものの解説があることと、25番の『よせ豆腐』に使われているだけで、100品中3品しか登場しません。
おぼろ豆腐の歴史や名前の由来などの詳しい説明は29番で書くとして、今回はなぜおぼろ豆腐の出番が少ないのかについて、解明してゆきたいと思います。
おぼろ豆腐は、豆乳ににがりを入れて、固まる前に掬い取ったものです。木綿豆腐のように、圧縮して固めるわけではないので、おぼろ豆腐の方が水分も油分も多いため、滑らかでクリーミー。豆腐本来の甘みが感じられ、口に入れるととろけてしまうと、特に女性に人気です。
ではなぜ、作るのも簡単で美味しいおぼろ豆腐が、『豆腐百珍』にはほとんど出てこないのでしょうか? まず一つは、ちょっとした刺激で豆腐がすぐ崩れてしまうこと。持ち運びが大変です。次に、『おぼろ豆腐』は腐りやすいという理由も挙げられます。
つまり、豆腐を手作りする家、もしくはそのご近所でないと、冷蔵庫も真空パック技術もない時代、おぼろ豆腐を販路に乗せることができなかったというわけです。
さてこの『しき味曾とうふ』、山葵味曾のたれと花かつおを器に先に敷いておき、その上に温めたおぼろ豆腐を乘せるという、近代ではあまり見かけない盛り付けです。ここ数年は逆に、西洋料理の影響で、先にソースのようにたれを敷く料理も見かけるようになりましたが、基本的に、たれはかけるもの、というイメージがあります。
けれどこの方法、江戸時代は珍しくはありませんでした。山水に見立てて盛り付けをしていたぐらいですから、地面の熱で雪が溶けて、新緑と立ち枯れた草木が顔を出し、山にはまだ雪が残っている…という風情を出したかったのではないでしょうか。
■しき味曾とうふレシピ
【材料】
おぼろ豆腐…1パック
<山葵味曾>
白味曾…大さじ3
酒…大さじ3
擂った白ごま大さじ1
擂ったくるみ…大さじ1
おろし山葵…適量
【作り⽅】
1. 小鍋におろし山葵以外の材料を入れて、弱火で練りながら、滑らかになるまで温める。
2. 1におろし山葵を入れてよく混ぜ、器の底に流し込み、花かつおをかける。
3. 温めたおぼろ豆腐を2に入れる。
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(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。
企業内グラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)と、江戸文化に関する講演、NHK『美の壷』他のTV出演や、TBSラジオのレギュラーも。
著書に『免疫力を高める最強の浅漬け』(マキノ出版)『1日1杯の味曾汁が体を守る』(日経プレミアムシリーズ)など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。新刊『江戸っ子の食養生』(ワニブックスPLUS新書)発売中。
http://kurumaukiyo.com