和食STYLE

文化遺産にふさわしい店「この一品」 新・和食めぐり㊻手打ち蕎麦 成冨の野菜天せいろ

『手打ち蕎麦 成冨』の「野菜天せいろ」を食べてから、蕎麦と相性のいい天ぷらは海老や魚介類だけではないと改めて感じるようになった。
旬を感じられる野菜の天ぷらを食べながら、交互に蕎麦をいただくのは何とも滋味深く、簡素でありながら茶の湯の世界に通じる奥深さを感じることができる。店では蕎麦を食べながら呑んでいる人も多いので、難しいことを考えず気楽に楽しんでほしい。

シンプルだが奥が深い
野菜天ぷらとせいろそばの相性の良さを実感

手打ち蕎麦 成冨
東京都中央区銀座8-18-6 二葉ビル1F
03-5565-0055
https://www.instagram.com/ginza_narutomi

私の地元で活躍する唐津焼の陶芸家、中里太亀さんに紹介されたのが、『手打ち蕎麦 成冨』である。中里さんの器が楽しめるとあって、早速伺ったところ、蕎麦も美味しく大当たり! 今ではすっかり何度も通う店のひとつになった。住所は銀座8丁目になるが、以前の築地市場に近い場所にある。外観、内観ともに和モダンでまとめられていて、少し隠れ家的な風情がありすっかり落ち着いた気持ちになる。

成冨の手打ち蕎麦は、北海道と茨城県の蕎麦粉を使用した十割蕎麦だが「ホシ」と呼ばれるそば殻の黒点は見当たらず、とても滑らかな舌触りだ。啜(すす)るといい香りと適度な歯ごたえが感じられ、口の中でほのかに甘味が広がる。

調理前の蕎麦は調理場にある木箱の中に一人前ずつ丁寧に並べられている。オーダーが入ると大釜でさっとゆでられた後、引き揚げられ、冷水でよく洗って麺を締める。ご主人のそんな調理の様子をカウンター越しに見られるのは実に楽しい。

今回は、蕎麦との相性が絶品な「野菜天せいろ」をお薦めしたい。揚げたての野菜天ぷらはせいろ蕎麦とは別添えで、中里太亀さんの大判皿に盛られてくる。天ぷらと器の相性が抜群だと思いながら、天つゆではなく塩でいただく。
野菜は季節によって異なるが以前食べたときは、大葉にみょうが、ヤングコーン、インゲン、さつま芋、きのこ、アスパラ等であった。
季節によっては、たらの芽やこごみ、ふきのとう等が盛られた山菜天ぷらが供されたりする。天ぷらはどれもサクサクに揚げられていて、野菜の瑞々しさを堪能しつつ、ジワリと染み出る甘みが美味。蕎麦と交互に食べると、天ぷらとの相性の良さをしみじみと実感することができる。簡素ながらも、とても贅沢で洗練された感覚だ。
どこかに茶の湯の感覚と近いものを感じるのは、日本人ならではの機微かもしれない。最後に出てくるどろりと濃厚な蕎麦湯を、つゆで割って〆にいたるまで、豊潤なる時間を感じることができる。

『手打ち蕎麦 成冨』は昼夜ともに人気があり、夜は予約をしてから伺うのがお薦め。ぜひ器にも注目して楽しんでほしい。

プロフィール
川原 秀仁(かわはらひでひと)

街のにぎわいを創生し、建築に様々な役割を与える「施設参謀」として日本全国を飛び回る。事業と建築、和食という一見異なるジャンルの中で、伝統に基づいた本物の技術に着目。無形文化遺産として登録された和食の普及にも公私にわたり努めている。株式会社山下 PMC 取締役会長。

https://www.ypmc.co.jp/