和食STYLE

文化遺産にふさわしい店「この一品」 新・和食めぐり㊸鳥田中の窒息鴨のロースト

日本料理の素晴らしさのひとつに、懐の深さが挙げられる。窒息鴨とはフランスの伝統的な手法で処理をしている鴨のことで、まずはフランス料理が頭に浮かぶ。
それをきちんと日本料理の枠組みの中に取り入れ、極上の一品として供しているのが『鳥田中』の「窒息鴨のロースト」である。予約困難店ではあるが、味とコストパフォーマンスは折り紙つき。深い味わいを体感してみてほしい。

人生で最も印象深い鴨料理は
下町の超人気店の一品

鳥田中
東京都墨田区墨田3-25-7
03-3617-6615

今回は、下町の予約困難店『鳥田中』を紹介したい。焼き鳥が好きな人には、よく知られた鶏料理の名店で、最寄り駅は東武スカイツリーラインの鐘ヶ淵駅から徒歩で5分程の場所にある。
都心の店とは趣が異なり、閑静な住宅街の中にひっそりと佇んでいるのが印象的で、便利な場所にあるとはいえないが、予約は争奪戦だ。第一月曜日の10時から翌々月末までを電話予約でのみ行うシステムなのだが、これが必死にかけても繋がらない。
予約が取れれば幸運であるとさえ感じられるレベルで、訪問する前に、まずはそこを乗り越えなくてはならない。

多くの人を魅了する絶品の鶏料理の中でも、特にお薦めの一品は「窒息鴨のロースト」である。私は鴨が大好きで自宅でも時折食べるが、『鳥田中』は別格だと感じている。使われている京都の七谷(ななたに)鴨は、高級と名高いフランス産シャラン鴨に負けない味わいを目指して開発された。自然環境豊かな地でのびのびと平飼い飼育され、今では多くの料理人に愛用されている。七谷鴨は、シャラン鴨同様に「エトフェ」と呼ばれるフランス料理の伝統的な手法を使って窒息処理を施し、あえて肉に血をまわすことで鉄分が感じられる独特の風味を持つのが特徴だ。

私は、鴨を目当てにいろいろな店を食べ歩いたが『鳥田中』が最も印象深い。一口頬張ると、まずローストされた香ばしさを感じ、次に閉じ込められていた味わいの濃い旨みが一気に押し寄せてくる。それは、脳裏に突き刺さるほどのインパクトだ。
さらに濃厚な味からは想像ができないほど、肉質はほどよく柔らかく弾力性もあり噛み応えのバランスがいい。何もつけずに食べても美味しいが、添えてあるレモンと粒マスタードをつけると味わいに変化が生まれ、それもまた楽しい。
付け合わせのよく焼いたネギとの相性は抜群で「鴨がネギを背負ってくる」というのは、まさにこれだと納得してしまう。念のため書き添えておくと、もちろん他の料理も絶品である。

店は兄弟とお母さんで切り盛りをしていて、丁寧な接客は心地がいい。予約の困難さは否めないが諦めずにチャレンジをして、ぜひ桃源郷への切符を手に入れてほしい。

プロフィール
川原 秀仁(かわはらひでひと)

街のにぎわいを創生し、建築に様々な役割を与える「施設参謀」として日本全国を飛び回る。事業と建築、和食という一見異なるジャンルの中で、伝統に基づいた本物の技術に着目。無形文化遺産として登録された和食の普及にも公私にわたり努めている。株式会社山下 PMC 取締役会長。

https://www.ypmc.co.jp/