和食STYLE

豆腐百珍のすべて 5 尋常品 ハンペン豆腐

時代小説家/江戸料理・文化研究家 ⾞ 浮代(くるま うきよ)



【⾖腐百珍とは】
天明2(1782)年5月に刊行され、大ベストセラーになった江戸時代のレシピ本。豆腐料理だけを100品、6段階に分けて紹介するという斬新さで話題に。大根、卵、鯛、蒟蒻といった百珍ブームのきかっけとなり、『豆腐百珍続篇』『豆腐百珍餘録』も刊行された。

『豆腐百珍』の著者の正体、曾谷学川の本業は「篆刻家(てんこくか)」です。この職業、耳馴染みのない方も多いのではないでしょうか。
ごく簡単に言えば「ハンコを作る人」のこと。学川が「毛必華」というペンネームで安永4年(1775年)に書いた『浪華郷友録』という、当時の大阪の紳士録では、そのものズバリ、自身の職業を「作印家」というカテゴリーに位置付けています。

「作印家」というと職人っぽいですが、なかなかどうして「篆刻家」という職業、彫刻の技術以外に、書への深い知識と、美的センスが必要とされ、職人というより芸術家に近いように思います。

篆刻とは「篆書(てんしょ)を石、木、銅などの印材に刻す」こと。そもそも「篆書」とは、紀元前11世紀頃、中国の殷(いん)王朝晩期に出土した甲骨文(こうこつぶん)に始まり、秦王朝代以前に使われていた全ての古代文字を指します。

それらの文字は表意文字で、人や物の形を汲み取ってデザインされているので、文字の一つ一つに意味があります。

現在では隷書、楷書、行書、草書、かな、カナ、ローマ字まで、どのような書体を使っても「篆刻」と言いますが、篆刻家と呼ばれる人々は、篆書の文字の意味を読み取りながら、どの文字をベースにするのがふさわしいのかを選び、組み立て、アレンジして、書としての筆意と美しさが感じられる文字をデザインし、印刀(鉄筆とも)で緻密な線を彫り上げてゆくのです。

以前、銀座の鳩居堂の筆頭篆刻師・鈴木啓義氏(http://keigisuzuki.com)の黒竹庵に取材で訪れた際、書への造詣の深さと卓越した匠の技に驚嘆し、刀鍛冶にも似た神聖さに感じ入った次第です。

さて、今回ご紹介するレシピは5番目の『ハンペン豆腐』です。はんぺんは魚のすり身と卵白を混ぜて作りますが、こちらは豆腐と長芋を混ぜて、つるんと喉越し良く仕上げた一品。原文に「白玉とうふともいう」とあります。いただき方はお好みで。

■ハンペン豆腐レシピ
【材料】
木綿豆腐…1/2丁
長芋…豆腐と同量
塩…少々
美濃紙(ラップでも可)…適量
出汁…350ml
酒…大さじ1
醤油…小さじ1
塩…少々
葛(水溶き片栗粉)…大さじ1
黒胡椒…少々

【作り⽅】
1. 豆腐はしっかり水気を切り、長芋は豆腐と同量程度をすりおろし、塩を加えてよくすり混ぜる。
2. 1のタネを美濃紙の中央に大さじ2入れ、しっかりと包んで口を縛る。
3. 沸騰した湯の中に2をそっと入れ、弱火で茹でる。浮き上がって来たら湯から上げて冷ます。(※原文はここまで)
4. 鍋で出汁を熱し、酒、醤油、塩で味を整え、水溶き片栗粉でとろみをつける。
5. 3の和紙を剥がして椀に入れ、4を注ぎ、黒胡椒をかける。

※豆腐の水切りは、豆腐の上にまな板と重しを乗せ、1時間ほどかけてゆっくりと水分を抜くと綺麗に仕上がります。時間のない場合は、豆腐をキッチンペーパー等でくるみ、割り箸などを敷いて皿から浮かせ、電子レンジに2分かけます。それを一旦取り出し、豆腐の上下をひっくり返して、新しいキッチンペーパーでくるんでさらにレンジで2分。

⾞ 浮代
(くるま うきよ)

時代小説家/江戸料理・文化研究家。
企業内グラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)と、江戸文化に関する講演、NHK『美の壷』他のTV出演や、TBSラジオのレギュラーも。
著書に『免疫力を高める最強の浅漬け』(マキノ出版)『1日1杯の味噌汁が体を守る』(日経プレミアシリーズ)など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。新刊『江戸っ子の食養生』(ワニブックスPLUS新書)発売中。。
http://kurumaukiyo.com