和食STYLE

豆腐百珍のすべて 3 尋常品 あらかね豆腐

時代小説家/江戸料理・文化研究家 ⾞ 浮代(くるま うきよ)



【⾖腐百珍とは】
天明2(1782)年5月に刊行され、大ベストセラーになった江戸時代のレシピ本。豆腐料理だけを100品、6段階に分けて紹介するという斬新さで話題に。大根、卵、鯛、蒟蒻といった百珍ブームのきかっけとなり、『豆腐百珍続篇』『豆腐百珍餘録』も刊行された。

『豆腐百珍』の著者は、浪華(現:大阪)の醒狂道人何必醇(せいきょうどうじん かひつじゅん)という人物です。これはもちろんペンネームで、その正体は篆刻師(てんこくし)の曽谷(そだに/そたに/そや)学川(がくせん)だと言われています。
曽谷学川の人物像については次回以降に触れるとし、今回はこの謎めいたペンネームについて解き明かして参りましょう。

出典は、『漢書』巻8宣帝紀、巻19下百官公卿表下、巻77蓋寛饒(がい かんじょう)伝から。
蓋 寛饒とは、前漢の政治家で魏郡の住人でした。ここに書かれた逸話の中に、このような場面があります。

許広漢(皇后の父)の屋敷の完成パーティーに招かれ、不承不承出席した蓋寛饒がわざと上座に座ると、許広漢に酒を勧められた。
「私に酒を注がないでください。酔うとおかしくなりますから」
蓋寛饒が言うと、丞相の魏相が笑いながら、
「次公(寛饒の字)は酒に酔っていなくてもおかしいではないか」
と見下し、居合わせた者たちも目配せして笑った。

この「酒に酔っていなくてもおかしいではないか」の原文が「醒而狂何必醇」であり、醒狂道人何必醇というペンネームの由来とみて間違いなさそうです。

これを分解すると、
・醒狂=酒を飲まずに狂う
・道人=世捨て人
・何必=何ぞ必ずしも
・醇=酒
となります。「酒を飲んでいなくてもおかしい世捨て人」と、風流を気取って自らを卑下した、それが『豆腐百珍』の著者なのです(ちなみに、名前の下に書かれた「輯(しゅう)」とは「編集」の意味です)。

さて、今回ご紹介するレシピは3番目の『あらかね豆腐』です。「あらかね」は漢字で「荒金/粗金」と書き、ここでは鉄を指します。つまりこの料理名は「鉄鍋で炒めた豆腐」を意味します。山椒がピリリと効いて、つまみになる粋な味です。

■あらかね豆腐レシピ
【材料】
木綿豆腐…1丁
醤油…大さじ1.5
酒…大さじ1
粉山椒…1個

【作り⽅】
① 豆腐は十分水切りをして、キッチンペーパーで表面の水気も吸い取っておく。
② フライパンを熱し、油をひかずに豆腐を手で崩しながら入れ、強火で水気がなくなるまで手早く炒める(豆腐の大きさがまちまちでも、フライパンに豆腐がひっついてもOK)。
③ 醤油と酒を回し入れて混ぜ合わせ、火を止めて粉山椒をふりかける。

※豆腐の水切りは、豆腐の上にまな板と重しを乗せ、1時間ほどかけてゆっくりと水分を抜くと綺麗に仕上がります。時間のない場合は、豆腐をキッチンペーパー等でくるみ、割り箸などを敷いて皿から浮かせ、電子レンジに2分かける。一旦取り出し、豆腐の上下をひっくり返して、新しいキッチンペーパーでくるんでさらに2分レンジにかける。

⾞ 浮代
(くるま うきよ)

時代小説家/江戸料理・文化研究家。
企業内グラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)と、江戸文化に関する講演、NHK『美の壷』他のTV出演や、TBSラジオのレギュラーも。
著書に『免疫力を高める最強の浅漬け』(マキノ出版)『1日1杯の味噌汁が体を守る』(日経プレミアシリーズ)など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。新刊『江戸っ子の食養生』(ワニブックスPLUS新書)発売中。。
http://kurumaukiyo.com