和食STYLE

文化遺産にふさわしい店「この一品」 新・和食めぐり㉚多け乃の黒むつの煮魚定食

現在は豊洲に移転してしまったが、長年、都民の胃袋を支えてきた築地市場の場外に店を構え、長年にわたり魚のプロたちに愛され続けている『多け乃』。
その魅力は、何といっても新鮮な旬の魚を存分に味わえること。店は路地奥にあり、古き良き昭和の大衆食堂といった佇まいにも、市場当時と変わらぬ築地らしさを感じることができる。寒い冬の時期は、脂の乗った「黒むつの煮魚定食」がお薦め!

プロからも愛される名店は
築地らしさを感じる大衆食堂

多け乃
東京都中央区築地6-21-2
03-3541-8698
https://tsukijitakeno.owst.jp/

以前にも記したが、若い頃、築地市場に関係する設計の仕事をしていた。仕事をする際に、市場の方から「まずは魚のことを知らないと話にならないよ」とアドバイスをもらい、それから仕事と趣味を兼ねて、市場内外を問わず、美味しい魚が食べられる店を片っ端から訪ねるようになった。
今回紹介する『多け乃』も、その時期に知った店のひとつで、聞くところによると、築地市場が開業した5年後の昭和15年にオープンとのこと。今でも魚のプロたちが足繁く通う店として繁盛している。私も一度伺って以来、ファンのひとりとなった。

この『多け乃』は、お世辞にもきれいなお店とはいえない。タイミングによっては店の前に魚の入っていたトロ箱や飲み物のケースが山積みになっている。
それを横目に見ながら年代物の暖簾をくぐると、店内にはメニューが書かれた短冊が所狭しと貼られていて、令和でも平成でもない、まさしく昭和の大衆食堂といった雰囲気がそのまま残っている。
それを味わい深いと見る人もいるだろうが、高級店とはまた違った意味で敷居が高いと感じる方もいるかもしれない。しかし、手頃な価格で鮮度抜群の美味しい魚料理が食べられる貴重な店のひとつなので、まずはランチから挑戦してほしい。
店に行ってみると、時には行列ができるほどにぎわっているので、活気のある雰囲気を感じながら食事が楽しめるはずである。

メニューが豊富で、何を食べるか迷うところではあるが、まずは煮魚定食を試してほしい。「黒むつの煮魚定食」がお薦めの一品。入荷していれば、ぜひ食べてみてほしい。
まずは、器からはみ出ている黒むつの大きさに驚くはずだ。長年受け継がれた秘伝の煮汁で煮込まれているので、一見すると濃い目の味付けのように見える。
しかし、食べてみると魚の新鮮さが存分に引き立つように薄味で仕上げられており、煮汁とのバランスが絶妙でご飯がついつい進む。

定食には、あさりがたっぷりと入ったお味噌汁と浅漬け等の小皿が付く。四季折々の旬の魚介類がいろいろと食べられるが、黒むつの旬は冬から春先といわれているので、ぜひ時期を逃さずに一度味わってほしい。

プロフィール
川原 秀仁(かわはらひでひと)

街のにぎわいを創生し、建築に様々な役割を与える「施設参謀」として日本全国を飛び回る。事業と建築、和食という一見異なるジャンルの中で、伝統に基づいた本物の技術に着目。無形文化遺産として登録された和食の普及にも公私にわたり努めている。株式会社山下 PMC 取締役会長。

https://www.ypmc.co.jp/