和食STYLE

文化遺産にふさわしい店「この一品」 新・和食めぐり⑨たでの葉の鮎の塩焼き

「たでの葉」ではご主人の父が獲った鮎が火加減、塩加減ともに絶妙な「鮎の塩焼き」として饗される。球磨川水系の川辺川で獲れた鮎は環境が守られた美しい川であることを実感させてくれる澄み切った味わいで、そのまま食べるのはもちろんだが、たで酢を使うと、洗練された日本料理にふさわしい品格のある味わいに。鮎は珍しくない食材だが、ここの塩焼きは今までの常識を覆す美味しさだ。

故郷の清流を思い出させてくれる
澄み切った味わいの「鮎の塩焼き」

たでの葉
東京都港区南青山3-2-3 ダイアンクレストビル2F

ご主人は熊本県人吉市の出身で、お父さんが獲る鮎を食べてもらいたいという思いを胸に、東京の南青山に「たでの葉」を開いた。よほどの不漁で鮎が獲れない年以外は、出身地に近い球磨川水系の川辺川で獲れたものが6月の解禁日から10月頃まで毎日お店に並ぶ。時期によっては鮎の刺身である背越しも食べられるが、私が何よりも楽しみにしている一品は「鮎の塩焼き」だ。「鮎の塩焼き」は客の全員がカウンター越しから見つめる中、ご主人が囲炉裏に鮎を並べて焼き始めるところから料理が始まっている。口を大きく開いた新鮮な鮎がだんだんと焼きあがる様子を見て、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐるころになると、早く食べたいと気持ちが高ぶってくるのだ。

骨の柔らかい若鮎の時期でならば、丸ごと頭からガブリとかぶりつき、鮎独特の味わいを口の中で存分に味わうことにしている。落ち鮎の季節も絶品だ。身がしまって旨味がのり、また違った味わいが楽しめる。
鮎は育ってきた環境や食べている苔によって味わいが全く異なる魚で、こちらで食べる鮎は川辺川の清流を想像させてくれる澄みきった味わいだ。食べるたびに、子どものころに慣れ親しんだ故郷の美しい川を思い出す。炭火で燻されながら焼かれているため香りも豊かで、身もほくほくとした口当たりで後を引く。

最初は、そのまま何もつけず、シンプルな塩焼きの味わいを楽しみ、その次にたで酢を少しつけて食べると、ほのかな辛みと爽やかさが加わる。野趣にとんだ鮎の塩焼きが、洗練された日本料理へと様変わりすることに毎回感動を覚えるほどだ。
一度で二度美味しいという言葉は、この一品のためにあるのだろうとさえ感じる。鮎は世界でもあまり食べられることのない魚で、それだけに美味しい鮎を食べるたびに「日本人でよかった!」としみじみ思う。

「たでの葉」では鮎の時期が終わってもジビエを楽しむことができる。東京では珍しく熊肉も味わうことができ、一年中予約がなかなか取れない人気店である。どの季節に訪れても美味しいものが食べられるが、まずはぜひお店の看板料理ともいえる「鮎の塩焼き」を味わってほしい。

プロフィール
川原 秀仁(かわはらひでひと)

街のにぎわいを創生し、建築に様々な役割を与える「施設参謀」として日本全国を飛び回る。事業と建築、和食という一見異なるジャンルの中で、伝統に基づいた本物の技術に着目。無形文化遺産として登録された和食の普及にも公私にわたり努めている。株式会社山下 PMC 代表取締役社長。

https://www.ypmc.co.jp/