食材を知るためには、やはりその産地に赴かねば、というジュゼッペの強い思いから、宮城県塩竈市の桂島へ。テーマは海苔。海苔といえば有明海が有名ですが、ここ桂島は日本の海苔の生産地としては最も北に位置しており、最も収穫が早い場所。 折しも収穫の一番摘みが始まった時季。そもそも海苔に一番摘みがあるって知っていました?
ジュゼッペ・モラーロ『ハインツ ベック』エグゼクティブシェフ。1986年、伊・カンパーニャ州ナポリ生まれ。幼い頃から父が経営する店の厨房に出入りし、自然に料理人を目指す。師匠、ハインツ・ベック氏プロデュースの『Gusto by Heinz Beck』(ポルトガル・アルガルベ)『Café Les Paillotes』(イタリア・ペスカーラ)『La Pergola』(イタリア・ローマ)を経て、2014年、東京の『ハインツ ベック』オープンに伴い来日。同店は「ガンベロロッソ・イタリアンレストランガイド・インターナショナル版2018」で最高評価の3フォーク、「ミシュランガイド2018」でも1ツ星を獲得。
- 桂島から眺めた、浮流し(またはベタ流し)方式と呼ばれる養殖筏の様子。千葉水産では130ほどの筏を所有。早朝に摘採用の船で乗り付けて網を持ち上げ、海苔を刈り取ります。
- 海苔摘採用の船に同乗して海に出たジュゼッペ。中央の筒状の摘採機で網に付いた海苔を刈り取ります。ナポリ育ちのジュゼッペは海が大好き。「澄んだ水と空気……気持ちいい!」
縄文時代には食されていたという海苔。701年に制定された『大宝律令』には、海苔が大和朝廷への年貢の対象物の一つとして登場します。
養殖が始まったのは江戸時代で、板状にするようになったのもこの頃から。昭和30年代まではアサクサノリが主流でしたが、環境の変化や病害に弱いため、現在はスサビノリが主流となっています。(アサクサノリは環境省のレッドリストで「絶滅危惧Ⅰ類」に分類)。ビタミンC、食物繊維、鉄分、タンパク質などが豊富に含まれる海苔。
また、イノシン酸、グアニル酸、グルタミン酸という3つの旨み成分すべてを含む天然食品は海苔だけと言われます。身近すぎるせいか意外と知られていない海苔の実力。日本食人気の昨今、世界的にも関心が高まっています。
今回の見学先はこちらです
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松島湾の豊かな海で育つ
香り高く、滑らかな口溶けの海苔 (有)千葉水産
宮城県塩竈市浦戸桂島字庵寺41
☎022-369-2153
❶海苔摘み用の作業船。❷1日に4万〜5万枚を製造する全自動の乾海苔製造機。❸親子二代で約50年、ご両親と共に桂島で海苔養殖を行う千葉周さん。2016年、盬竈神社「奉献乾海苔品評会」では優賞に選ばれ、皇室に献上されました。❹伊豆大島産の椿油と仏・ゲランドの塩で味付けした「塩のり」。❺一番摘みの生海苔を使った「焼海苔」。
千葉水産に訊いた「摘採から板海苔になるまで」
「日本に来て初めて船に乗りました。潮風がすごく気持ちいい。このたくさんの棒は何だろう」
桂島に向かう塩竈市営汽船デッキにて。水深が浅めのところでは支柱(あるいは支柱柵)方式で育苗が行われています。海面から出た支柱が林のように見えます。
船の前に突き出る、ステンレス製の腕のような部分を海苔網の下に入れて持ち上げて網の下に滑り込み、摘採機で海苔を刈り取ります。
刈り取って陸揚げされた直後の海苔はこんな感じ。生海苔は劣化が早いため、その日のうちに乾燥させた板海苔の状態にします。
「刈り取ったばかりの海苔は長いんですね。美味しい! 生牡蠣を食べたときみたい」
刈り取った海苔は加工場のタンクに入れてすぐに撹拌して汚れを、次の機械で海苔以外の異物をしっかり取り除いたら真水でミンチに。
「全自動で3時間近くかけて優しく、そしてしっかり乾燥させていくんですね」
細胞を壊しながらゆっくり混ぜることで旨みを引き出しピューレ状に。簾に広げ、約40℃の風を当てながら乾燥させて板海苔に。
生乾きや異物をチェックした後10枚(1帖)ずつ重ねて二つ折りにし、10帖=100枚を紙紐で束ね36束を箱詰めにしたら検査場に。
ナポリのピッツェリアでお馴染みの前菜「ツェッポレッレ」。
生海苔入りが一般的。イタリア語で海藻は〝アルゲ〟、アオサは〝ラットゥーガ・ディ・マーレ〟(海のレタスの意)。
ライターS(以下、S)新幹線から在来線、船と乗り継いでやって来ました桂島! 航路には海苔養殖の竹竿がたくさん立ち並んでいました。
ジュゼッペ(以下、G)もの凄い数でしたね。初めて見る光景だった。
千葉水産・千葉 周さん(以下、C)あれは、海苔養殖の網を固定する支柱なんです。独特の風景でしょう。収穫が終わると引き抜きます。
S収穫はいつ頃からですか?
C産地によって目安はさまざまですが、うちは30センチくらいに成長したところで刈り取りを始めます。11月上旬くらいですね。
S一度刈り取ったら終わりですか?
Cいえ、これも産地によって異なりますが、うちでは3〜4回摘採します。また、半分ほどの海苔網を保存しておいて、途中で網を張り替える二期作を行っているので、収穫は3月頃まで続きます。
Sほかの産地と比べると長いほう?
C水温が低く安定生産できる宮城県は収穫時期が長めなんです。
G海苔は種から育てるのですか?
Cはい。ただ、目には見えないほど小さな果胞子というもので、蛎殻にくっついているんです。
Gいつ頃から育て始めますか。
C水温が23℃以下になったら海に出します。9月20日が解禁日と定められているんですよ。
編集K(以下、K*趣味は野菜作り)育苗(いくびょう)ですね。海苔ならではの育て方があるんですか?
Cお詳しいですねえ。浅い場所に設置することで……さっきの竿で固定した網ですね……干満によって一日のうちの数時間は海面から出て空気に触れ、乾燥させるんです。
Kそうする理由は?
C一定時間乾燥させることで、乾燥に弱い海苔以外の海藻の繁殖を防ぎます。海苔は乾燥に強いんです。
マサさん(ローマの『ラ・ペルゴラ』でも一緒だった菱田雅己さん。現在『ハインツ ベック』のスーシェフ。以下、M)外敵はどうですか? 美味しいから魚に食べられてしまいそうです。
C瀬戸内海では近年、水温が上昇したことで、海苔の養殖時期にクロダイが増えて食べられた、という話を聞いたことがあります。この辺りだとボラにつまみ食いされるくらいかな。問題ありません。それよりも青海苔や珪藻類が海苔の表面に付着すると色も味も落ちるのでクエン酸で駆除します。 (陸揚げされてタンクに入れられた摘みたての生海苔を試食)
G……。
Cわ、しょっぱかったですか!
Gしょっぱいけど、あまりの美味しさにびっくりして無言になりました。これを料理に使ってみたいなあ。この状態では流通していないんですか?
C生海苔は劣化が早いので難しいんです。仙台のピザ屋さんから、ピザに生海苔を使いたいと言われて、冷凍してお送りしました。赤くなるし、細胞が壊れて旨みは増すけど、風味が変わってしまうんですよ。そのピザ、変わった名前だったなあ……確か「アルゲ」。
Mイタリア語で「海藻」のことです。
Cなるほど!
Gマサ、液体窒素を使ったらどうかな? 乾海苔とは違う使い方ができそうだよね……(以降、専門的な会話に突入したため省略)
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- 11月〜3月頃が海苔の旬です
- 一年中出回っているせいか〝旬〟を忘れがちですが、海苔にも旬があります。地域によって異なりますが9月上旬頃、海苔網に種付けし、栄養豊かな海で育てた海苔は11月上旬頃から収穫が始まります。初摘みの海苔は柔らかく、旨みも強い貴重なもの。「一番摘み」「初摘み」の表示をお見逃しなく。刈る回数が増えるに従い硬くなるそうです。
- 海苔のサイズは決まっている? 保存法は?
- 板海苔は昭和40年代に、縦21㎝×横19㎝(全型と呼ばれる)に統一されました。数える単位は10枚で1帖、10帖の束は1把(わ)となります。海苔の大敵は湿気。密封容器に入れて冷凍庫で保存すると1年くらいは風味を保つことができるようですが、旬の時季に食べるのが一番ですね。ちなみに2月6日は「海苔の日」だとか。
撮影/福知彰子、牧田健太郎 取材・文・イラスト/齊藤素子 構成/川原田朝雄
HERS 2018年1月号より