⾼橋綾⼦のNO SUSHI, NO LIFE – 第六一回 天寿し 京町店
第六一回 天寿し 京町店
“九州前”という言葉を世に浸透させた名店
北九州市小倉にありながら、全国の鮨好きが何としても予約したいと懇願する「天寿し 京町店」。お酒もつまみもない握りだけの1時間半、それでも全国から駆けつけるんです。
だって、ここでしか味わえない鮨と、親方、天野功さんがいるんですもの。ここのお鮨は何もかもが違います。江戸前が酢で締めたり熟成させたりするならば、こちらは玄界灘や九州近海の地物を使い、ほぼ手を加えません。加えない代わりに雲丹やオクラをのせたり、大葉を挟んだり、梅肉やもみじおろしも使う、いわゆる“足し算”の創作系。って言っても侮るなかれ! 技が違います。芸術品のように美しい見た目、味は重ねているけど実はすべて必要だったと思わせる完成度にどうにも魅了されるのです。
味付けの基本は煮切りではなく塩とかぼす。だから後味が爽やかです。不思議なのは塩をかなり使っているはずなのに喉が渇かないこと。トップバッターは鮪から。
本日は赤身から始まり大トロ、そしてシグネチャーのアカイカへと続きます。思わず「ちっちゃ!」って言ってしまうくらい小さめの酢飯は、白酢で甘みがちょっとあって自然にほどける硬さ。主張しないけど鮨ダネをしっかり支えている感じ。これが“おいしい”ってことなんだろうなと納得してしまいます。
おまけにほとんど握っていなくて一度返すくらいなのに、酢飯は程よい硬さで握れているのも不思議。車海老も最後にギュッと押さえて反らせるテクニックもすごい。肉厚のシメサバは酸味が少なくしっとり、ヒラメはさっきまで泳いでいました?と思うくらいシコシコで、挟んだ大葉の香りもいいし、サザエにオクラとか鮪出汁の漬けとかサヨリに柚子胡椒とか、鯛と鯛の肝にもみじおろしとか、もう次から次へとニンマリしてしまいます。
焼物の火入れもスンバラシイ! そういえば以前太刀魚を焼いていた女の子、絶妙の火加減だったなぁとか思い出してしまった。穴子は女性のみ半分に切って煮つめと梅肉にしてくれます。たぶんひと口じゃ入らないからの配慮だと思われます。冒頭にも述べましたが、天野さんのお客さまファーストの精神がすばらしい! いつの間にか英語は流暢、韓国語も鮨ダネの説明ができるくらい堪能、どうやら中国語も魚の名前は言えるらしい。
このお年で常に勉強されているとか。ひとりひとりと必ず会話するし、情報のアンテナが張ってて話題も豊富なので初めてでも共通の話題を見つけ出す。これ ってすごいことですよ、簡単にできることじゃありません。
実はこの日、小倉駅でちょっと足止めされた私は5分遅刻してしまったのです。走ってきたのがわかったのか温かいお茶が出ると、天野さんが「冷たいお茶、早く出して」と優しいご配慮。さらにもう始まっていて申し訳なさそうにしている私に、「落ち着いてから握りますね」と。
こんな超有名店なのにゲストにこれだけ気遣いできるお人柄に「どんなに高くなってもまた来ます」と思ってしまうのは私だけじゃないはず。もちろん天野さんだけじゃありません。付け場には息子くん、ホールは奥さまと娘さんが気遣い、居心地の良さを作っているのです。さてと、本日のお会計、こちらはお酒がないのでおまかせコース代のみ、49,500円です。飛行機代、新幹線代を考えるとぎょえ〜ですが、もちろんまた予約します。
綾⼦の⾃分勝⼿評価基準
おひとりさま度:ひとりではもちろんのこと、たとえ初めてでも楽しめるかどうか。また何か素敵なことが起こるか、客層はどうかも含む。
⼝福度=価格の満⾜度:鮨⾼騰の折、基準は⾷べて飲んで 4万円以下。おいしいは当然、⽀払いをした時にどう感じたか。
ロケーション&設え:「google map」で迷わずたどり着けるか。内観のセンス、器や酒器、トイレの清潔感など店内の印象。
サービス:スタッフの接客の満⾜度
のどの渇き度:完璧に個⼈的主観だが、塩分過多などでのどが乾くような味が苦⼿。評価は星が多いほど、のどは渇かないということ。
【評価】
おひとりさま度 ★★★★★
⼝福度=価格の満⾜度 ★★★★
ロケーション&設え ★★★
サービス ★★★★★
のどの渇き度 ★★★★
(たかはしあやこ)
フードパブリシスト。国内外ファッションブランドのプレスとして従事した中で肥えた“食”へのこだわりは、その後の素晴らしい人々との出会いと相まっていつしか人⽣そのものに。
その間に培った食のデータと人脈を武器に、年間 1000 軒ほどの外食で“喜ばれるレストラン”の発掘に勤しむ⽇々。「綾⼦のギョーカイ総受けグルメ手帖」「BRUTUS」「GQ」「食べログマガジン」「集英社オンライン」などに寄稿。BS フジ「リモート☆シェフ」では審査員として定期的に出演。
東京都主催の食の祭典、「Tokyo Tokyo Delicious Museum 2023」のプロデューサーに就任。また企業のメニュー開発やアドアイザーにも携わる。おいしいものしか喉を通らない不思議体質。