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とんかつ3名士 河田部長の とんかつひとり旅㉞ ぽくぽく(奈良・近鉄奈良)

奈良公園、猿沢池から程近く、ならまち地区に民芸調の外観の店が見えてきます。昼のみの営業で完全予約制となっています。予約時間に店の近くで待っていると電話がかかってきて店内に招き入れられます。

ご主人の明星剛志さんは日本料理の最高峰「高麗橋吉兆」などで修業を重ねた後、2011 年にこの店を始めました。ごくシンプルでメニューは奈良県の銘柄豚ヤマトポークのロースかつ定食のみで、大きさだけが選べます。ヤマトポークは広めの豚舎で穀類をベースに菓子粉やパン粉、玄米などを配合した専用飼料「ヤマトポーク 1300」で育てられています。ヤマトポークは不飽和脂肪酸の一種であるオレイン酸の含有量が多く、香りが良いとされています。ちなみに私は150gを選択しました。

とんかつは大豆の白絞油を使って低温で揚げるそうで、少し待ちます。ご主人が自ら運んでくるとんかつは他の店とは異なる表情を見せています。山盛りの野菜がとんかつに勝るとも劣らない存在感を放っているのです。とんかつの定番であるキャベツのほかビーツ、カリフラワー、パインなど彩りも鮮やかに盛り付けられています。また海藻の一種で健康に良いというあかもくが別皿で出され、最初に食べるようアドバイスされます。

肝心のとんかつですが、粗めのパン粉を使い、衣が分厚く見えます。しかし、口当たりが良くすっと溶けていきます。そして肉も噛む間も無く一瞬で溶けていきます。実に不思議な食感です。実は肉に細かく包丁を入れているのだそうです。「吉兆」ではイカのお造りを出す際に細かく隠し包丁を入れて溶けるような食感を出しています。その技術を応用したのでしょうか。ソースは置いておらず、ゲランドの塩に薬膳素材、スパイスなどをブレンドした調味料だけで食べます。また、一般的にとんかつ店では豚汁などの味噌汁が定番なのに対して、こちらでは野菜や麩などがたっぷり入ったお吸い物が供されます。他に例を見ない個性的なとんかつで、奈良でとんかつを食べる意義は十分過ぎるほどあるでしょう。

お勧めポイント
● 口の中で溶けるとんかつ
● とんかつに匹敵する野菜の存在感

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河田 剛

大手証券会社の調査業務に携わる傍らでグルメアナリストとしても活躍。さまざまな料理を食べ歩き、著書『ラーメンの経済学』(KADOKAWA)で話題に。料理の背景や素材、流通に至るまで、幅広い視点での鋭い洞察が特徴。