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とんかつ3名士 河田部長の とんかつひとり旅㉗ とんき(東京・目黒)

創業が1939年(昭和14年)という老舗です。現在は三代目の吉原出日さんが店を継いでいます。私が学生の頃から行列店として有名でしたが、開店時間16時の10分前に到着したところ、既に30人ほどが並んでいました。人気は全く衰えていないようです。35席ある 1 階の長いカウンターが開店と同時にいっぱいになってしまいました。2階にはテーブル席があり、予約も可能なようですが、私は一度も階段を登ったことがありません。

カウンター席に座りたい人は店内の長椅子に端から詰めるわけでもなく、好きな場所に座るのですが、かつては年配の女性店員が客の順番と先にする注文を完璧に覚えているのが名物のようになっていました。これも今も受け継がれているようです。メニューはロースかつ、ヒレかつ、串かつの3種類です。私はロースかつ定食にしました。広い厨房内では多くの従業員が整然と働いています。パン粉をつける担当は二人いて、小麦粉と卵をつける工程を3度繰り返し、パン粉をつけ、5つある大きな寸胴に次々に放り込んでいきます。そしてかつを引き揚げ、少し置いてから包丁を入れる係が盛り付けていきます。この流れ作業は自動車工場、あるいはバレエや演劇の舞台を連想させます。全ての飲食店の手本ともいえるかもしれません。この光景を眺めていると、自然に気持ちが高揚して来ます。

カウンターに運ばれたとんかつは縦横にカットされているのがユニークです。一切れは一口サイズなので食べやすくなっています。こちらのとんかつは衣が剥がれやすい、というより最初から剥がれているのですが、この店ではそれもお約束として許せてしまうのが不思議です。最近までとんかつはソースをかけた状態で提供されていたのですが、自分でかける形に変わりました。下味がしっかり付いているので、そのまま食べても美味しいのですが、ここではソースをたっぷりかけたくなってしまいます。

とんかつを食べることはもちろん、とんきで食事すること自体が一つの体験と言えるでしょう。

お勧めポイント
●バレエのような見事なオペレーション
●かりっと揚がった食べやすいとんかつ

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河田 剛

大手証券会社の調査業務に携わる傍らでグルメアナリストとしても活躍。さまざまな料理を食べ歩き、著書『ラーメンの経済学』(KADOKAWA)で話題に。料理の背景や素材、流通に至るまで、幅広い視点での鋭い洞察が特徴。