和食STYLE

EATRAVELLER HIROEの女子美食旅 ⑲ グリーンランド「KOKS」

青くそびえる氷山を静かに進む船。息を呑むほどの壮大なクルージングの先に広がるのは、グリーンランド語で「希望の地」と謳われるイリマナク村。彩り豊かな木造の家々が風に揺れ、人口わずか50人の小さな集落が美しい風景を描く。

デンマークのフェロー諸島にある「KOKS」(ミシュラン2つ星)は、店舗改築期間中の2022年と2023年、夏季限定でグリーンランド・イリマナクにて営業しています。コペンハーゲンを経由し20時間以上かかる長いフライト、その上航空券も高額、物価も高いグリーンランドへの訪問は決して容易なものではありませんでしたが、この貴重な機会を逃すわけにはいかなかったのです。

KOKSのメニューには、トナカイの血やアザラシのスープといった、本来ならば生臭さを想起させる素材がふんだん使われますが、料理の中では全く嫌なニオイを感じません。これにはただただ感嘆するばかり。ひとつひとつの料理は、旨味を凝縮させるために無数のプロセスを踏み、緻密な計算と努力の結晶なのです。終始一貫、至高のクオリティでした。

最初に登場する鯨の皮と脂、通称マクタック。このグリーンランドの伝統食をガストロノミーの最先端へと引き上げ、シンプルに美味しく再現していました。鯨の皮と脂肪をキューブ状に切り分け、スグリのオイルでじっくりとマリネ。その凝縮された神秘的な旨味は、触感を含めて、まるでチューインガムのように口の中に広がり、しばし時を忘れるほどでした。

今にも羽ばたきそうな芸術的な白い翼に飾られた雷鳥(プターミガン)には、トナカイのラルド(脂)という異なる要素を一つに融合させ、鮮烈な味わいを醸し出していました。タイム、ジュニパーベリー、フェンネルシード、カラント,クロウベリーなどが巧みに折り重なって調和し、風味に奥行きを持たせた奇跡の一皿です。 足し算?引き算?いえいえ、何を足すことも引くものもない。その一皿一皿はシェフの魂が宿った作品であり、食べる側も試されているような感覚にとらわれ、果たして私にはここで味わう資格があるのだろうかと思案に暮れたりしたものです。

料理を通してシェフからのメッセージを漏らさず受け止めようと集中して食事を続けた結果、じわじわと体力を消耗し、中盤身も心も極限状態に達した瞬間がありました。その苦境を乗り越えながらも、最後には夢か幻だったのではないかという疑念が生まれたほどです。この現実と夢の交差点にいるかのような体験が本当に起きたことだと思うと、ますます感慨深いものがありました。

日本から遥々20時間。やっとの思いで辿り着いたグリーンランドでのエクスペリエンスは一生の宝物となることは間違いないでしょう。

神々しいまでの畏敬の青。あの青いアイスバーグが瞼に焼き付いて離れない今日この頃です。

評価基準
わざわざ度:わざわざ旅する価値があるか
食材への愛:生産者さんへのリスペクト、食材のポテンシャルをどこまで引き出せるか
地産地消度:地元で生産されたものをどれだけ消費しているか
唯一無二度:いわゆるオリジナリティ
リピしたい度:わざわざ行ってみて尚再び行ってみたいか

わざわざ度 ★★★★★

食材への愛 ★★★★★

地産地消度 ★★★★★

唯一無二度 ★★★★★

リピしたい度 ★★★★★

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大野ひろえ

美食を求め旅するEATRAVELLER. その土地ならではの食材を使ったディスティネーションレストランからB級グルメまで幅広く巡ります。趣味は変態料理人探し。