和食STYLE

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ハインツ ベック的「和食材」の新しい楽しみ方 ジュゼッペ和食の冒険

かねてから「どうしてもわさび田が見たい!」と言っていたジュゼッペ。今回はミシュランで星を取ったお祝いに、その願いが叶うことになりました。
ここ中伊豆の筏場は、東京ドーム3個分の土地に棚田が広がり、栽培面積、生産量ともに日本一を誇る生産地。天城山から流れる水のミネラルだけで、わさびたちが生き生きと育っています。

ジュゼッペ・モラーロ『ハインツ ベック』エグゼクティブシェフ1986年、伊・カンパーニャ州ナポリ生まれ。師匠ハインツ・ベック氏プロデュース『Gusto by Heinz Beck』(葡・アルガルベ)『La Pergola』(伊・ローマ)等を経て2014年『ハインツ ベック』オープンに伴い来日。同店は「ガンベロロッソ・イタリアンレストランガイド・インターナショナル版2018」で最高評価の3フォーク、「ミシュランガイド2018」でも1ツ星を獲得。

わさび

中伊豆・筏場(いかだば)では、石を積み上げて表面に砂をのせた「畳石(たたみいし)式」(「伊豆式」とも呼ばれる)でわさびを栽培しています。天城山からの清澄な水が流れ、豊かな自然に囲まれた美しいわさび田をドローンで撮影した動画を「JA伊豆の国」のHPで見ることができます。http://www.ja-izunokuni.or.jp/products/2_02wasabi.html

わさびはアブラナ科ワサビ属、日本原産の多年草植物。ちなみにダイコン、キャベツなども同じアブラナ科です。元は奥深い山の清冽な渓流沿いに自生していたわさび。飛鳥時代には主に薬草として使われ、現在のように食材として使われるようになったのは江戸時代から。江戸時代初期には栽培も始まったと言われます。江戸の町での寿司や蕎麦の人気とともに庶民の間にも広がりました。人々はわさびの辛味や風味を好んだだけでなく、その抗菌性も知っていたもよう。
わさびの栽培法は大きく分けて2種類。清流を利用して栽培する「沢わさび」(または「水わさび」)と、流水を利用せず湿気が多く涼しい土地で栽培する「畑わさび」。静岡県と長野県が「沢わさび」の二大産地として知られますが、岩手県は「畑わさび」の生産が盛んです。和食の世界的ブームで注目されるわさび。世界に誇る日本の味覚です。

今回の見学先はこちらです

わさびと中伊豆の豊かな食材にジュゼッペ大興奮

修善寺営農センター 農の駅

修善寺営農センター 農の駅

静岡県伊豆市柏久保108 ☎0588-72-4462
9:00〜17:00(冬時間)9:00〜18:00(夏時間)
無休(正月、決算時は除く)

  • ❶伊豆市特産のさまざまな農産物や加工品が並びます。
  • ❷塩谷さん自慢のわさび、わさび漬けやわさび海苔等のわさび加工品も販売。
  • ❸ジュゼッペも塩谷さんのわさびを購入。「いろいろ作ってみたい!」と旬の伊豆野菜もたくさん買いました。

栽培歴35年でもまだまだ?
「わさびは奥が深い」

塩谷美博さん

中伊豆山葵組合
副組合長
塩谷美博さん

この筏場ができた明治時代から続くわさび農家の塩谷さんは24歳から栽培に携わり、わさび栽培歴35年。時間はかかるけれど「真妻」にこだわる。ランニングが趣味で「東京マラソン」に落選し続けて10年。今年の大会にはボランティアとして参加する。

引き抜いたときのわさびは、根茎からたくさんの茎が伸びて、からまっています(左写真・右側)。それを一株ずつに分けて茎を取り、田の水で洗いながら手で丁寧に砂等を取り除いていくと(右写真)……お馴染みのわさびの姿になります(左写真・左側)。「すべて手作業なので冬はきついですよ。真冬には手袋をすることもありますが、手の感覚が大事なので極力我慢して素手で作業します」(塩谷さん)

  • 収穫したわさびを運ぶためのモノレール。特別に乗せてもらいました!かなりの急勾配で楽しい!!!

この筏場のような、沢わさび栽培には豊富な澄んだ水が必要です。また、直射日光に長時間あたるのを防ぐため、わさび沢の中に緑蔭樹を植えたり、寒冷紗で覆ったりします。また、わさび沢の脇に茂る木々も日影を作ってくれます。水温は13〜14℃が理想的とのこと。

日本原産のわさびは一年中収穫できるんですね!

ジュゼッペ(以下、G)わあー! これがわさび田! なんて美しいんだ!ずっと来てみたかったんですよ。

塩谷さん(以下、S)ジュゼッペさん、わさびがお好きなんですか?

Gはい。イタリアやスペインの店にいた頃、たまにお寿司屋さんに行ったんですが、たくさん泣きました(笑)。

Sあはは、そうですか、鼻にツーンとくるからね。でも、イタリアも西洋わさびを使うでしょう?

Gはい。ただ、イタリアだと南のほうではあまり使いません。北のほうではスープに入れたりもしますね。日本のわさびのように細かくおろさず、もっとガリガリおろして使います。

マサさん(『ハインツ ベック』のスーシェフの菱田雅己さん。以下、M)ホースラディッシュですね。イタリア語だと〝ラファノ〟。それから、イタリアではわさびのことを「わさび(という植物)の根」という言い方をします。

S正確には根ではなく根茎です。

Mそうですよね! 実際に見てわかりました。ところで、この場所はいつ頃造られたのですか?

S天城山でわさびが栽培されるようになったのは1744年頃から。この「畳石式」の栽培が始まったのは1892年(明治25年)です。

ライターSA(以下、SA)270年以上ですか! 「畳石式」とはどんな方法なんでしょう?

S地盤を深く掘って、大きな石から小さな石と順番に敷き詰めていってその上に砂をのせるんです。そこに冷たくて澄んだ水を流すとわさび田一面、均一に水が流れるでしょう。

SAなるほど。とても広いのですが広さはどれくらいですか?

S総面積は14・7ヘクタール、棚田の数は約1,500枚です。

G広いんですね。こんなにたくさん栽培されているのにわさびが高いのはどうしてですか?

Sお、ストレートな質問ですね(笑)。いろいろな理由はあるけど、何といっても手間と時間がかかるからかな。種まきして苗を育てて、わさび田に植えて、花が咲いて……収穫までだいたい1年半。

Gそんなにかかるのですか!

Sもう少し下の暖かい場所は1年くらい。ここは山間部で寒いから。

M外敵はいないんですか?

S鹿だね。だいぶ前だけど、中伊豆町(H16年に4町合併して伊豆市に)の人口が7、000人だったときに、鹿が2万頭いたからね。わさびの葉を食べちゃうんですよ。現在も鹿との戦いは続いていて、鹿よけの金網を張って防いでます。あとは、台風や大雪の害もあるし。植えたものが100%収穫できるわけではないんですよ。

G年間出荷量は?

S去年(2016年)の出荷量は年間で約3万5,000本でした。

G……一日95本くらいってことだから野菜だと考えると確かに少ない。わさびにも品種はありますか?

Sありますよ。伊豆では「真妻(まづま)」と「実生(みしょう)」が栽培されていて、うちは「真妻」。生育は遅くて収穫までに時間がかかるけど辛味が強く、風味も豊かだからね。

SAほかにもありますか。

S改良品種もいろいろあります。仲間たちと酒を飲みながらそれらを食べ比べたりもするんだけど、酔うとわからなくなっちゃうんだよね(笑)。

Gあはは、塩谷さんたらお茶目。ところで、わさびに旬はあるんですか。

S先日、家族でテレビのクイズ番組を観ていたら「わさびの旬はいつでしょう?」という問題が出たんですよ。「わさびは多年草だから特にないよねえ。花が咲く春先かなあ」という結論に達したんですが答えは冬だったんです。家族全員ハズレちゃった(笑)。

全員え! どういうことですか?

S気温が下がる冬は辛味が強くなるからという説明でした。わさび特有の辛さをもとめるなら確かにそうなので納得。でも、一年中美味しいです。

茎や葉の部分もすごくいい香り。この“真妻”種の茎の付け根の部分は、ほんのりと赤紫色がかっています。

「これまで何回わさびに泣かされたことか!」(ジュゼッペ)。鼻にツーンとくる刺激的な辛さはわさび特有のもの。
ちょっとオタクな豆知識
わさび
茎に近い部分から優しくすりおろして辛さアップ
細胞が破壊されて酸素に触れることで辛味が生まれるので、サメ皮や刃の細かいおろし器を使い、円を描くように優しくすりおろしましょう。茎に近いほど組織が新しく風味も強いので茎を切り離して皮ごとすりおろします。辛味成分は時間が経つと揮発するので食べる直前に。
お刺身を食べるときわさびを醤油に混ぜるのは野暮?
よく「わさびを醤油に溶いて刺身を食べるのは通じゃない」などと言われますが、通かどうかは別にして、ある意味正しい。わさびを醤油に溶くと醤油の消臭成分、メチオノールがわさびの風味を弱めてしまうとか。でも、わさびが溶けた醤油も美味しいので、あとは好みの問題で。

撮影/牧田健太郎 取材・文・イラスト/齊藤素子 構成/川原田朝雄

HERS 2018年2月号より